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「記念日には妻とデート」理想の夫で父でもある、45歳経営者の裏事情とは

  • 2025.6.16

男という生き物は、一体いつから大人になるのだろうか?

32歳、45歳、52歳――。

いくつになっても少年のように人生を楽しみ尽くせるようになったときこそ、男は本当の意味で“大人”になるのかもしれない。

これは、人生の悲しみや喜び、様々な気づきを得るターニングポイントになる年齢…

32歳、45歳、52歳の男たちを主人公にした、人生を味わうための物語。

▶前回:「結婚はまだいい…」そう思っていた32歳が、結婚を決意した意外なキッカケとは

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Vol.8 祐天寺の義務、赤坂の権利。 オーナー企業3代目の45歳、白川貴文の場合


「じゃあね、三隅シェフ。また来年のこの日、結婚記念日のディナーの予約入れておいてよ」

僕はそう言って、銀座のフレンチを後にする。

途中でシェフは変わったものの、この店は本当に何を食べても美味しい。東京屈指の名店だと思う。

それなのに、年に一回だけしか足を運ばない理由は色々だ。

まずひとつは、45歳という年齢的にフレンチのフルコースは少し重くなってきたということ。

それから、この店にはプロポーズの時からもう15年も通っているのだ。ちょっと“知られ過ぎている”。つまり―――

妻以外と来るには、少し危険だということだ。

「亜由美、どう?もう一軒くらいバーとか寄っていく?」

「ううん、早く帰りましょ。ばあばにも悪いし、琴美も明日学校だし」

「それもそうか。お義母さんに留守を見てもらってるんだもんな、帰るか」

店内では和やかだった妻の亜由美との雰囲気は、店を出た途端そっけないものに変わっていた。

まあ、いつものことだ。

15年も夫婦を続けていれば、いつまでもドキドキするような関係が続いているほうがおかしいというものだろう。

逆に考えてみれば、常にフラットなメンタルでいられるというのは、円熟したいい夫婦の形だとも思う。

そう。亜由美とは、いつまでもいい夫婦でいたい。大切な家族を守るためにも、世間的にどう見られるかを考えてみても。

だからこそこうして必ず、毎年の結婚記念日のディナーは大切にしている。

それこそが、45年間男として生きてきた僕の――うまく生きるコツのひとつなのだ。

銀座から亜由美とタクシーに乗り込み、20分。目黒川を越えればもう、祐天寺の自宅まであっという間だ。

その間に亜由美と僕の間で交わされた会話は、ほとんどが娘の琴美についてだった。

琴美の通う私立小の寄付金のこと。年少のころから5年続けているピアノ教室のこと。小2になってから少しずつ病院で試しているいくつかの食物アレルギーのこと。…以上。

「OK、OK。アレルギーの治療も、琴美のことはとにかく君に任せてるから。寄付金は、用紙を秘書に渡しておいて」

スマホで週末のゴルフの予定を確認しながら、僕はそつがない返事をする。

僕らの間にあるのはときめきではなく、家庭のぬくもり。これも、40代であればどこの夫婦もそんなものだろう。

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「ただいま。ばあば、琴美の面倒みてくれてありがとう。大変じゃなかった?」

「大丈夫よ、亜由美。琴ちゃん今寝たところ。学校の宿題もきちんと済ませて偉かったわよ」

家で僕らを出迎えてくれたのは、亜由美のお母さんだ。

亜由美にどうしても外せない用事があるときなどは、不在がちな僕に代わって琴美の面倒をよく手伝ってもらっているらしい。

日頃の感謝の気持ちをたっぷり込めて、僕もお義母さんに挨拶をする。

「お義母さん、お世話になりました。いつも本当にありがとうございます」

「いえいえ…貴文さんは、いつもお忙しいから。それよりこの前は、私の誕生日にお花を送ってくださって。いつもお気遣いいただいちゃってごめんなさいね」

「とんでもないです。お義母さんは、僕の母でもあるんですから。誕生日のお花を送るくらい、当たり前のことです」

これも、僕が45年の人生のうちに編み出したコツのひとつだ。

妻のご両親は、自分の親以上に大切に敬うこと。

記念日を忘れない。妻の家族を大切にする。それだけで周りは、自動的に僕のことを「いい夫」として認めてくれるのだから。

「こんな盤石な一族経営企業の3代目社長だなんて、人生何の心配もいらないわね」

「記念日を忘れずに祝ってくれる夫は、いい歳になってからはなかなかいないわよ。感謝しなくちゃ」

僕の親族や会社の集まりなどで、妻がそう羨ましがられているのを何度も目にしてきた。

自分で言うのもなんだけれど、実際にそうだと思う。

インフラ素材の老舗の3代目で、会社の経営は安泰。自宅は祐天寺に妻の希望通りの注文住宅を建てて、娘は私立女子小学校に小学校受験で合格。

生活費は十分すぎるほど渡しているから、妻は働く必要もなく専業主婦として育児と家事に専念できる。

その上、記念日や義母の誕生日まで祝う45歳の経営者なんて、そうはいないはずだ。

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だけど、別に「だから感謝しろ」なんて言うつもりは全くない。

亜由美は妻として、母として、僕にそうさせるだけの価値を返してくれるし、今の幸せな生活があるのは間違いなく亜由美のおかげだと思っている。

それに、45歳にしてますます思うけれど、何不自由ない生活と資金、愛情を捧げるのは、男としては当然の義務だ。

力ある者は、かよわき者を守る。

愛するものを守れる力を持ってこそ大人の男…というのは、40代特有の時代錯誤な考えでは決してないはずだ。

だけど…いや。だからこそ、一方ではこうも思う。

義務を果たすからには、権利も発生する―――と。



「ただいまぁ」

週末を迎え、藤ヶ谷での経営者仲間とのゴルフを終えた僕は、夕方には一度家に帰った。

「パパ、お帰りなさいー!」といつもなら飛びついてくるはずの琴美の姿は、なぜだか見当たらない。

― またお義母さんの家に行っているのかな…。

さして気にするでもなく、僕は洗面所で少し白髪が交じり始めた髪にジェルをつける。

家に帰ってきたのは、愛車のアウディを置きにくるため。そして、藤ヶ谷で風呂に入ってしまったから、あらためてヘアセットをし直すためだ。約束の19時まで、そんなに時間はなかった。

「じゃ、行ってきまーす」

呼んでおいたタクシーが到着したという通知が届いたため、ヘアセットを終えた僕はすぐに家を出る。

どうやら亜由美は在宅らしいが、狭くはない家だ。わざわざ出迎えにも見送りにも来ない。

「夕食は済ませてくるのよね、いつも通り」

昨夜は珍しくわざわざ寝る前にそう聞いてきたものの、夕食を家で取らないのは僕ら夫婦にとってはすでに当たり前の習慣だ。

15年も結婚生活を送る上で、亜由美もいつのまにかしっかり分かってくれるようになった。

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タクシーで到着したのは、最近開拓したばかりの赤坂の鮨店だった。

「へえ、二ノ宮さんは年上の男性が好みなんだ?」

「はい。私、けっこうファザコンなんです。それに年上の男性って、こういう美味しいお店もよくご存じだし」

これが、僕の言うところの“権利”。

自分の力で稼いだ金で、現状に欠けている部分を補完する。

妻と娘との幸福な生活に欠けているもの――。それは、ひとりの男として評価されるときめきに他ならない。

娘はもちろんかわいいけれど、子どもが生まれてしまうと、こうした静謐で大人な空間で美食を味わうことは難しい。

もちろん、もう少し…琴美がせめて中学生にでもなったら、テーブルマナーを教えがてら、家族で美食めぐりをするのもいいだろう。

だからこれは、人生をうまくやるために必要な今だけの応急処置であり、対症療法だ。

高収入で身綺麗な40代は、グルメに興味のある若い女性から驚くほど需要がある。

高級なレストランで周りを見渡せば、きっと誰しもが気がつくはずだ。

ある一定の価格帯を超えると都内の飲食店には、成功した大人の男と美しく若い女性のペアが、あまりにも多いということに。

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二ノ宮さんとも、グルメ仲間との集まりで出会った。声をかけてきたのは彼女の方からだ。

対症療法といいながら、ひさびさの甘いときめきが胸に広がった時のことはしっかりと脳裏に焼き付いている。

だけど、僕の目的はあくまでも、人生をうまくやることだ。決して若い女性に溺れるような、バカなことはしない。

手の込んだ細工が施された江戸前の鮨を頬張りながら、僕はちらとカウンターの端を見る。

50歳過ぎだろうか。僕より少し上に見える男性と…その隣にいるのは、信じられないほどに整った顔をした美女だ。もしかしたら僕が疎いだけで、有名な女優かなにかなのかもしれない。

ふと、男性の方と目が合った。すぐにお互いに視線を逸らしたものの、僕と彼との間には奇妙なシンパシーがあったことが、一瞬でも感じ取れたような気がした。

匂い立つ成功の香り。全てを手に入れた男ならではの、大人の余裕。

僕の目指すべき人生は、まさにあれだ。

あの余裕からしても、彼もきっと、全てが順風満帆な大人の男性に違いない。

光り輝く人生のほんの少し欠けた部分を真球に近づけるべく、少しの権利を行使している。

男としても、夫としても、そしていつかは父としても、完璧な姿…。

10年後も彼のような姿でいるためには、今のまま、こうして賢く人生を立ち回るのだ。

舌の上でとろける中トロの甘みが、僕に完璧な人生を約束してくれた。

「ん〜♡貴文さん、お鮨めちゃめちゃ美味しいです♡」

「いやあ、本当だね。二ノ宮さんが美味しそうに食べてくれるから、一層美味しく感じるよ」

対症療法の女性と権利の美味を貪りながら僕は、今は義務でがんじがらめになっている自宅のことをふと思い返す。

家を出る時、ちらと見えた琴美の部屋――。

亜由美がいくつものダンボールに荷物を詰めていたのは、夏休みのサマースクールの準備かなにかだろうか?

琴美が留守にしている夏の間なら、妻を少しいい店に連れ出すのもいいかもしれない。

子どもが不在の時には、妻を必ずデートに誘う。

これも多分、人生をうまくやるためのコツになるだろう。


▶前回:「結婚はまだいい…」そう思っていた32歳が、結婚を決意した意外なキッカケとは

▶1話目はこちら:2回目のデートで、32歳男が帰りに女を家に誘ったら…

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爆美女を連れて高級鮨デートを楽しむ、謎の52歳。その正体とは…

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