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異界へいざなう海外の小説。後味の悪い肌触りがストレートに伝わる短編が怖い

  • 2025.6.11
「漁師とドラウグ」ヨナス・リー/著、「塔」マーガリタ・ラスキー/著、「ゴールデン・マン」フィリップ・K・ディック/著、「ウェンディゴ」アルジャーノン・ブラックウッド/著
BRUTUS

話を聞いた人:河野宏(〈羊頭書房〉店主)

後味の悪い肌触りがストレートに伝わる短編が怖い

短編小説ならではの、なんだかわからないけど嫌な気持ちになる余韻が好きです。人物描写に尺を割かないからこそ、後味の悪い肌触りがストレートに伝わってきます。

特筆すべきは、やはりイギリス怪奇小説。怪奇小説は19世紀中頃から流行しましたが、ルーツはゴシックロマンスです。お城や屋敷の中で怪奇現象が起きつつ、ロマンティックな展開もある。それが19世紀末になると、より恐怖に焦点を当てた作品が増えてきて、三大作家、アーサー・マッケン、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズが登場し、人気もピークとなります。幻想的な描写とうら寂しい肌触りの共存が何よりの魅力です。

20世紀以降は幽霊・超常現象より、社会の暗部を描くモダンホラーや暴力・残虐的要素の強いサイコホラーが主流になり、怪奇小説は姿を消します。本場イギリスで最後の怪奇小説家と呼ばれたH・R・ウェイクフィールドの作品は、現代に通ずる怖さが今でも新鮮です。

モダンホラーの短編で恐ろしいのは、ロバート・マキャモンの「針」。自分の目玉に針を刺していくだけの作品ですが、先端恐怖症の私としてはとても嫌な読書体験でした。サイコホラーではクライヴ・バーカーの「ゴースト・モーテル」。スプラッター的な殺人劇と心霊現象が組み合わさって、後味の悪さが際立ちます。

SFの短編も外せません。20世紀に活躍したP・K・ディックは映画『トータル・リコール』の原作者として知られますが、その作風は冷戦下の影響が色濃い。隣の家の人が敵対思想かもしれないという特異な時代性が、全作品に通底する「現実世界はすべて虚構だ」という強迫観念につながっていて、重い読後感を生んでいます。

同時代の作家では、「破滅小説」として有名なJ・G・バラードも、キャリア初期に奇妙な怖さの短編を発表しています。宇宙人が人間を監視する「監視塔」は、宇宙人はただただ見ているだけで何もしてこないところがなんとも気持ち悪い。

海外の怪奇・ホラー小説は、翻訳版がすぐに品切れになりがちです。あと20年もすれば、20世紀の作品よりも21世紀の作品の方が手に入りにくくなるかも。気になった本があれば思い切って購入し、手元に置いてみることをおすすめします。

河野宏さんが推薦する、異界へいざなう海外の小説6選

「ウェンディゴ」アルジャーノン・ブラックウッド/著
『ウェンディゴ』アルジャーノン・ブラックウッド/著 超自然によって変容する精神が怖い。/実在の伝説を基に、カナダの森に入った狩猟隊が魔物との出会いを経て徐々におかしくなっていく様子を描く。「人と相いれない超自然のリアリティが迫ってくる」。『ブラックウッド傑作選』(創元推理文庫)収録。
「ゴースト・ハント」H・R・ウェイクフィールド/著
『ゴースト・ハント』H・R・ウェイクフィールド/著 現代的な臨場感が怖い。/幽霊屋敷を訪れたラジオ番組のリポーターが怪奇現象に遭遇。「リポーター自身がだんだんおかしくなっていく様子が、現代の“実況もの”に近い臨場感で迫ってきます」。『ゴースト・ハント』(創元推理文庫)収録。
「ゴールデン・マン」フィリップ・K・ディック/著
『ゴールデン・マン』フィリップ・K・ディック/著 SF世界のリアリティが怖い。/核戦争後の世界で生まれたミュータントと人間の交流と対立の物語。「ディックは、超常的存在がいかに我々の理解を超越しているかという説得力の表現が本当にうまい」。『ディック傑作集3』(ハヤカワ文庫SF)収録。
「漁師とドラウグ」ヨナス・リー/著
『漁師とドラウグ』ヨナス・リー/著 土着の民話的肌触りが怖い。/荒れ狂う嵐の中、漁師が海上で魔物ドラウグの船と遭遇する様子を、ノルウェーの国民的作家が描き出す。「北欧の民話にありそうな話だが、本当に魔物に遭遇したような暴力的な肌触りがある」。『漁師とドラウグ』(国書刊行会)収録。
「銀の仮面」ヒュー・ウォルポール/著
『銀の仮面』ヒュー・ウォルポール/著 生活を蝕まれていく過程が怖い。/孤独を抱えた中年独身女性の元に突如現れた無一文の美青年。善意から家に招き入れるが、彼は次第に女性の生活を侵食し始める。「作品全体から悪意を感じる作品」。『銀の仮面』(創元推理文庫)収録。
「塔」マーガリタ・ラスキー/著
『塔』マーガリタ・ラスキー/著 真っ暗な塔を下りていくだけなのに怖い。/フィレンツェ郊外を訪れた観光客の女性がある塔の頂上まで階段を上るが、下りは一転して恐ろしい道のりに。「真っ暗な塔の内部を下りていくだけなのに、すごく嫌な読書体験です」。『塔の物語』(角川ホラー文庫)収録。

profile

河野宏(〈羊頭書房〉店主)

こうの・ひろし/1965年生まれ。10代の頃からミステリー・SF・怪奇小説に傾倒し、2000年4月に東京・神保町に専門古書店〈羊頭書房〉をオープン。小説以外にも手品や詰め将棋の関連書籍まで幅広く取り揃える。

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