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真相は行間に。【TheBookNook #45】

  • 2025.6.7

【TheBookNook #45】八木奈々さんが選んでくださったのは、行間にひそむ違和感や静寂が心に残るミステリー3冊です。派手な展開というよりも、そっと真相に近づいていく物語です。ミステリーを読み慣れていない方にもおすすめしたい作品です。

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

“人はなぜ、謎に惹かれるのでしょうかーー”

犯人は誰か、動機は何か。なぜあのとき、なぜあの場所だったのか。

映画やドラマでは答えが映像で与えられますが、小説は違います。並んだ文字だけを手掛かりに、読者は自ら考え、想像し、推理するのです。

たったひとつの小さな違和感が、日常の風景をがらりと変え、些細な伏線が、最後には見事な伏線回収へと姿を変える。

ページをめくるたびに真相へと近づく他にたとえようがない高揚感。頭の中で何度も組み立て直されるストーリーの断片……。

想像しただけで全身がゾクゾクします。

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だからこそ、ミステリーは“読む”ことでこそ深く味わえるのです。

今回はそんなミステリー小説の魅力が凝縮された3作品をご紹介します。

静かな謎から始まり、やがて思いもよらない真実にたどり着く……かもしれない、その旅路を、ぜひ全身で味わってみてください。

1. 呉勝浩『白い衝動』

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「人を殺してみたいんです」ーーそんな一言から始まる対話にあなたはどう向き合えますか……?

本作は、ある高校生の危うくも純粋な告白から始まります。衝撃的なテーマを抱えながらも静かに、しかし確実に読み手の胸ぐらを掴んでくる“白い”衝動。

舞台は、かつて凶悪事件が起きた静かな町。過去と現在、罪と許し、他者と自分……。推定殺人者と一般人の項目をどこに引くのか、そもそも本当に区別するべきなのか……、はたして人間はどこまで“他人”を受け入れられるのか。

表面に広がる重いテーマに引っ張られてしまいそうになりますが、本作の魅力は、表面の描かれた物語よりも“人間の中にある衝動”や“社会が抱える曖昧な正義”。

カウンセラーという立場で人の心に寄り添おうとする主人公の視点を通じて、私たち読者は善悪の境界を何度も、何度も何度も、問い直されます。

生きたい衝動、死にたい衝動、傷つけたい衝動、分かち合いたい衝動…。

ページをめくる手が止まらないのに、読み進めるのが少し怖い、そんな矛盾した魅力に満ちた一冊。

衝動と闘うのは一般的な、普通な、庶民。そうどこにでもありそうな、この本の表紙の景色のように。

2. 下村敦史『逆転正義』

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“あなたが信じる正義は、誰かにとっての暴力かもしれません。”

この作品は、私たちが日常の中で何気なく抱いている“正しさ”に揺さぶりをかけてくる全6編からなる短編集。

いじめ、ストーカー、薬物依存、加害者家族。

ニュースの向こう側に追いやってしまいがちな現実が、ここでは一つひとつの物語として息づいていきます。どの話にも巧みな仕掛けがあり、読み進めるたびに見えていたはずの風景が反転……。そして読後、心に残るのは紛れもない“自分だったらどうするか”という真っ直ぐな問い。

この物語には単純な悪人も、完ぺきな善人も出てきません。あるのはそれぞれの立場で必死に生きる人間の姿だけ。

……だからこそ胸を撃たれますし、酷く苦しくもなります。

短編形式でテンポよく読めるにも関わらず、どの一編も最後の一行を読み終えたあと、しばらく思考が止まらないほどの余韻を残していきます。

それはきっと“正義”の名のもとに何かを断じたことがある自分自身に、問い返され続けていたから……。

ミステリーでありながら、“人の心の奥にある曖昧な領域”を見つめなおす本作。

ミステリーが得意でない人にも自分の“まなざし”を試すような読書体験として、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。

3. 松下龍之介『一次元の挿し木』

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「200年前の人骨のDNAが、4年前に疾走した妹のものと一致した」ーーこの衝撃的な事実から始まる松下龍之介氏のデビュー作でもある本作品。

読み始めは所謂ミステリーらしい手触りを感じるものの徐々に感じる震えと違和感……。ページをめくるたび、自分の中にあった何かが静かにズレていく感覚を覚えます。

本作で描かれているのは事件の解決や単なる謎解きではなく、“人の記憶”や“つながり”といったもっと根深いものたち。遺伝子、タイムスケール、アイデンティティ……。

一見すると小難しそうなテーマですが、松下龍之介氏の文章はとても読みやすく、するすると物語の世界に私たちを惹きこんで……いや、巻き込んでいきます。

専門的な背景があるからこそ感じられるリアリティと、どこかSFめいたスケール感が同居している不思議な物語、そして、タイトルにある「一次元の挿し木」という言葉。

さまざまな違和感に振り回されながら、読み終える頃にはその一つひとつが意思を持ってじわじわと胸に染みてきます。

人間の記憶や存在が、時間を越えて別の「枝」として根を張ることができるのか……。

そんなテーマが、ミステリーという枠を越えて深く問いかけてくるようにも感じました。

静かに、でも確かな衝撃を残す一冊。きっとあなたもこの違和感が好きになります。

謎解きを楽しんで

ミステリーは難解でとっつきにくい……と思う方もいるかもしれませんが、本来は年齢性別問わず誰もが楽しめるジャンルです。

少しずつ明らかになる謎解きの喜びは読んでみた当人にしか味わえません。

今回紹介させていただいたのは比較的新しい作品たちなので、まだ読んでいない方はぜひ手に取ってみていただきたいです。素敵な出会いとなりますように。

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