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若手のアイデアを「コストが高い」の一言で潰す…日本企業の成長を止めている「費用対効果おじさん」の厄災

  • 2025.4.30

なぜ日本企業ではイノベーションが生まれにくいのか。物流ジャーナリストの坂田良平さんは「費用対効果を絶対視して、やる気に満ちた従業員を打ちのめし、改善活動やイノベーションへの取り組みを頓挫させる『費用対効果おじさん』がいるからだ」という――。

上司に非難されて落ち込んでいる若い社員
※写真はイメージです
日本の生産性はスロバキアとラトビアの間

過去30年、平均GDP成長率が1%未満に留まり、主要先進国中最下位レベルの生産性に甘んじる日本経済。

日本生産性本部が発表した2023年の日本の労働生産性はOECD加盟の38カ国中32位、位置にしてスロバキアとラトビアの間だった。

【図表1】OECD加盟国の労働生産性(1人当たり)2023年
日本の労働生産性はOECD加盟38カ国中32位(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2024」を基に編集部作成)

この長きにわたる停滞を脱するには、これまでの常識を覆す、大胆な発想に基づいた改善活動やイノベーションが必要だ。

しかし現実には、意欲のある人たちが改善活動やイノベーションを社内提案したとしても、否定され、実行できないことも多い。

今回は、要因の1つである、「費用対効果おじさん」について考える。

社長は「費用対効果は考慮しなくて良い」

以前、筆者はある中堅倉庫会社の2代目社長から相談を受けたことがあった。

・改善活動を行いたい
・会社上層部からのトップダウンではなく、現場からのボトムアップで改善活動が行われるように従業員の考え方を前向きにさせたい
・中堅社員らが、改善活動を楽しいと感じつつ、実際に改善活動を推進できるだけのスキルも身につけてもらいたい

社長は、最後に挙げた要素を特に重要視していた。

そういったこともあり費用対効果の算出については、「一切考慮しなくて良い」と断言した。本プロジェクトは、倉庫作業員や事務職員などをメンバーに登用予定であり、現時点での彼ら彼女らに、費用対効果を算出するほどのスキルがなかったためだ。

アイデアが形になり、やる気アップ

そこで筆者は、改善活動プロジェクトを起案し、KJ法(※)とマインドマップを用いてアイデア出しを行った。

※アイデアをカードに書き出し、そのカードを分類・整理したり、ブレインストーミングの材料として使ったりすることで、暗黙知となっていたアイデアの言語化や、問題解決の糸口発見を行う手法

詳細は割愛するが、参加者たちのモチベーションは急激に高まっていった。

30代の男性倉庫作業員「僕の中にこんなアイデアが詰まっていたことに感動しました」

20代の女性事務員「自分自身も含めて、こんなにみんなが楽しそうに参加している会議は初めて経験しました」

最初は業務命令だからと嫌々参加していたメンバーも、自分たちのアイデアが形になっていくにつれて積極的になり、ミーティングの時間外でも筆者のもとにはさまざまなアイデアや相談が寄せられるまでに至っていた。

「いよいよ明日は役員たちへのプレゼンテーションです。緊張など必要ありませんから、皆さんが考えた改善アイデアを存分に披露してください」

前日のミーティングに集まったメンバーたちは、筆者の言葉に力強く頷いていた。

「ガンガン追及していくからよろしく!」

ところが、である。

メンバーのモチベーションに、強烈な冷水を浴びせた役員がいたのだ。

プレゼンテーション開始の5分前、集まったメンバーを前に、この役員はこのように発言したのだ。

「雁首揃えて何時間もミーティングしていたんだから、当然、費用対効果も含めて、きっちりと説明できるんだよな? 今日はそこのところ、ガンガン追及していくからよろしく!」

会議室の椅子に座っているビジネスマンのシルエット
※写真はイメージです

ちなみにこの役員には、事前に費用対効果の算出を求めていないことを含め、プロジェクトの主旨は説明していた。

もともと、この役員は先代社長の右腕であった。2代目社長との確執もあって、わざわざこのような発言をしたのかもしれない。

開始前とは打って変わって、しらけた表情になってしまったプロジェクト参加者らの様子を見て、筆者と社長は今回の取り組みが頓挫したことを悟ったのだった。

費用対効果の歴史は100年足らず

費用対効果とは、かけた費用(コストや投資)に対し、どれだけの効果が得られたのかを示す指標である。

例えば、100万円を投じた広告で、50万円の売上しか上がらなければ、この広告施策は赤字かつ失敗と見なされる。

100万円の広告を投じて、「1000万円の売上を得たプロジェクト」と「1億円の売上を得たプロジェクト」があれば、後者のほうが「費用対効果は高かった」と見なされる。

費用対効果という概念は20世紀なかばに生まれたとされる。

一説には、第二次世界大戦後の経済復興において、より効果の高い投資を取捨選択するために費用対効果という考え方が広がり、多くの企業・行政に重用されたという。

だが費用対効果には課題がある。

「費用」も「効果」も算出しにくい
① 効果測定の算出が難しいこと

費用対効果は、費用・効果とも算出が難しい場合がある。

費用については、どこまでを費用に計上するかという課題がある。製品やサービスを生み出すために行われてきた研究開発などは、複数の目的を持って行われるケースも多く、結果として生み出された特定の製品・サービスだけの費用を切り分けて算出・計上することは難しい。

効果については、売上・利益といった数値化できる指標はともかく、顧客満足度やブランドイメージといった定性的な指標を数値化することは難しい。

② 外部要因(マーケットの情勢や、競合他社の動静など)の影響

費用対効果の算出は、まず商品開発・改善活動といったプロジェクトを始動する初期段階で実施される。

だが、その時点で正確な費用対効果を算出するのは難しい。マーケットの未来予測は困難であり、また競合他社が(例えば)競合製品を開発しているかどうかなどは把握することは不可能に近いからだ。

そして、もっとも大きな課題は、費用対効果が「新たな取り組みを行おう」というモチベーションを容易に破壊する可能性がある点だ。

言葉・論理の暴力につながりやすい

先の中堅倉庫会社の例を振り返ろう。

改善活動に取り組んだ倉庫作業員や事務員らは、社内発表に向けて何時間も情熱を注いできた。

だが問題の役員は、たったの一言で彼ら彼女らの情熱を全否定し、モチベーションを叩き折った。

先の例では、「そもそも『費用対効果は一切考慮しなくて良い』とした社長の方針がおかしい」と考える人もいるだろう。

確かに、この方針には一考の余地がある。

だが筆者は、仮に費用対効果を算出していたとしても同じ結果になったと考えている。

費用対効果は、ときとしてパワハラにも通じるような言葉・論理の暴力につながりやすいからだ。

費用対効果を算出しようとすれば、相応の労力が掛かる。

改善活動やイノベーションを行おうとする人たちは、プロジェクトのアイデア出しと並行して費用対効果の算出も行うわけだから、その負担は大きい。

費用対効果を分析する人
※写真はイメージです
上層部に多い「費用対効果おじさん」

しかし、費用対効果の信奉者であるおじさん・おばさん(こういった方は、得てして会社の上層部に多い)は、提示された社内プレゼンテーション資料内にある費用対効果の数字だけを見て、好き勝手なことをわめく。

「この効果算出って、本当に正確なの?」

「100万円しか利益が出ないのに3000万円のコストが掛かるの? だったら、新商品なんて開発しなくていいよ」

改善活動やイノベーションを行おうとする人たちは、「現状を打破したい」「もっと会社を良くしたい」という情熱を持っている。当然、悩み抜いて編み出したアイデアには、その人たちの情熱とプライドがプラスオンされている。

しかし、費用対効果を振りかざす「費用対効果おじさん」は、こういったことに気がついていない。あるいは、「仕事とは厳しいものだ」と勝手な言い訳をして、自身の暴力的な行為を正当化する。

結果、向上意欲のある従業員のモチベーションをずたずたに破壊して、何ら恥じることがないのだ。

適当な数字で稟議を通す「異端者」も

筆者は、物流ジャーナリストを表看板に掲げている。よって仕事柄、物流DXを実現するロボットや自動化機器、システムなどの導入事例記事を執筆する機会が多い。

記事にはあまりできないことなのだが、実は「導入前の費用対効果算出は重要視していません」「稟議書類を書くために費用対効果を算出しましたが、実は適当です」という導入企業も少なくない。

ある大手物流事業者は、「本気で費用対効果のことを考えたら、イノベーションなんて実現できませんよ」と断言した。つまり見込みがあると踏んだら、数字ではない、感性の部分で経営判断を行うことも必要だというのだ。

旧来の日本企業では、こういった考え方をする人は異端とされてきた。

日本社会は、目立つ行動や既存の枠にとらわれない発想を持つ人が、全体の和を乱す存在として疎まれたり、否定されたりする傾向があるからだ。

いわゆる、「出る杭は打たれる」である。

費用対効果を絶対視すべきでない

「より良いものを目指そう」と奮闘する人を、何もせず、何も生み出さない、ただ批判だけをする人が叩くのはいかがなものだろうか。

冒頭に申し上げたとおり、かつて経済大国として世界を驚かせ、尊敬されてきた日本はもはや風前の灯火だ。

その要因はいくつもあるが、企業内における改善活動やイノベーション活動が活発にならない理由を考えたとき、本記事で取り上げた費用対効果おじさんは、ボトルネックの1つにだろう。

本記事の目的は、費用対効果を全否定することではない。

論じていることは、費用対効果を経営判断に取り込む加減の塩梅であって、費用対効果を絶対視することは良くないと訴えている。

ましてや費用対効果を用いて、やる気に満ちた従業員を打ちのめし、改善活動やイノベーションへの取り組みを頓挫させることは、百害あって一利なしである。

坂田 良平(さかた・りょうへい)
物流ジャーナリスト、Pavism代表
「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。物流ジャーナリストとしては、連載「日本の物流現場から」(ビジネス+IT)他、物流メディア、企業オウンドメディアなど多方面で執筆を続けている。

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