「正三角形をピースに切り分けて正方形を作るとしたら、最も少ない切り分けは何ピースなのか?」
1902年、イギリスの数学者ヘンリー・アーネスト・デュードニーは、雑誌のパズル連載で「正三角形をできるだけ少ないピースに切り分け、並べ替えて正方形を作り出す」という問題を初めて提示したとされています。
しかし残念なことに十分な答えは得られず、その後デュードニー自信によって「4ピースが最小の可能性が高い」とする「4ピースの解」を発表することになります。
ただこの4ピース説が本当に正しいのかは、謎が提唱されてから現在に至る120年にわたり誰も正確に答えられませんでした。
ところが最近、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の上原教授と鎌田教授そしてマサチューセッツ工科大学(MIT)のデメイン教授らを中心とする研究チームが、“マッチングダイアグラム”という新手法を駆使し、「3ピース以下の解は存在しない」という結論にたどり着いたのです。
この成果は、幾何学や工学、材料科学など、幅広い分野にも大きなインパクトを与える可能性があります。
研究者たちはいったいどうやって“最小ピース数”を証明したのでしょうか?
研究内容の詳細は『arXiv』にて公開されています。
目次
- デュードニーから始まる切り貼りの挑戦――なぜ少ないピースにこだわるのか
- 120年目の衝撃証明:正三角形パズルに終止符を打った日本の研究
- 3ピース以下は不可能、でもここからが始まり――進化する分割の最前線
デュードニーから始まる切り貼りの挑戦――なぜ少ないピースにこだわるのか
1902年に雑誌で初めて紹介されたデュードニーのパズルは、1907年に再録された著書でも大きな話題を呼びました。
たとえば手元に上のような「正三角形」の形をした紙や板があると仮定し、これを複数のピースに分割してから「回転」や「移動」で並べ替え、ここでは正方形に組み直すというパズルです。
切れ目を入れて複数のピースができあがっても、面積は当然変わらないため、三角形と正方形が同じ面積なら理屈の上では再配置可能だという期待があります。
しかし、「いったい何枚のピースに切ればスムーズに正方形を作れるのか」「複雑すぎるピース形状にならないか」という問題は常に付きまといます。
実際、適当に切っていっても正方形を作れるかもしれませんが、そのような場合は大抵、ピース数が多くなりすぎてしまいます。
ここで「なるべく少ないピース」「重ならないように正方形を形成」という課題が浮上し、それこそがこのパズルの核心的な難しさです。
「特定の解が最小である」と証明するためには、それより少ないピース数では決して正方形を作れないことをすべてのケースで示さなくてはなりません。
ピースの形状や配置は理論上無限に近いほど多様化できるため、単に面積が一致するからといって安易に確定できない点が、この問題を非常に難しくしています。
研究者たちはどのようにこの問題に立ち向かったのでしょうか?
120年目の衝撃証明:正三角形パズルに終止符を打った日本の研究
本研究の“実験”は、理科室での化学実験のようなものではなく、コンピュータ上と理論上の仮想工作室での検証に近いイメージです。
研究者たちは、正三角形と正方形が「3ピース以下の切り分けを共用できるか」を洗い出し、候補を紙上でも再現しながら「果たして正方形を組み立てられるか」を確かめました。
最初は試行錯誤の連続で、多くのパターンが失敗に終わったそうですが、その後「マッチングダイアグラム(matching diagram)」という手法が開発され、大きく進展したといいます。
これは、切り分けられたピースの“頂点”や“辺”をグラフ理論を使って対応付けし、「このピースのどの辺が三角形のどこに対応し、正方形を組むときにはどこへ行くか」を可視化するものです。
まるでジグソーパズルのあらゆるピースを片っ端から当てはめてみて、合わない組み合わせを次々に“潰して”いくようなイメージで、非常に地道ながら“切り分けと再配置”を厳密に追跡できるという点が特徴的です。
その結果、研究チームは「3ピース以下で正三角形を正方形にする切り方は存在しない」ことを明確に示すことに成功しました。
論文著者の1人である上原教授も「1世紀以上を経て、正三角形と正方形には3つ以下の多角形ピースでは共通の分割がないことを証明し、ついにデュードニーのパズルを解きました」と述べています。
さらに、この手法は単に「最小ピース数」の答えを示すだけでなく、ほかの図形同士の分割問題にも応用可能という道を拓いた点で画期的といえます。
今後、最適な形状切り出しを求められる製造プロセスや繊維デザインなど、さまざまな分野での活用も期待されるでしょう。
3ピース以下は不可能、でもここからが始まり――進化する分割の最前線
今回の研究は「正三角形から正方形へ、最も少ないピース数で変換する」という難題に、120年以上越しの明確な答えを与えました。
しかし、これですべてが解決したわけではありません。
むしろ、“3ピース以下では不可能”と示されたからこそ、今後は例えばピースを裏返してもよいのか、曲線で切ればどうなるのか、といった新たな疑問が浮上しています。
また、正三角形と正方形の組み合わせに限らず、多角形どうしの分割パズルや、三次元形状の分割最適化なども視野に入ってきます。
マッチングダイアグラムという手法は、一見単純なパズルの背後にある構造を論理的に整理し、多方面へ応用できる可能性を示唆してくれます。
たとえば薄い素材を無駄なくカットする工程や、ロケットの燃料タンクを効率よく切り出す設計などにも、最小ピース数の考え方が直接活かされるかもしれません。
実際、ピース数の少なさはそのままコスト削減や生産効率の向上に結びつくこともあり、学術界だけでなく産業界からも注目を集めています。
今回の成果は、数学やパズルの歴史だけでなく、ものづくりの未来にも大きな影響を与えうるものと言えるでしょう。
そうした広がりを踏まえれば、さらに新しい図形組み合わせや条件下での最適解を追求する研究も、今後ますます進んでいくと期待されます。
元論文
Dudeney’s Dissection is Optimal
https://doi.org/10.48550/arXiv.2412.03865
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部