『君たちはどう生きるか』でささやかれた“一説”… 引退撤回も納得の“制作の背景”とは

5月2日、ついに金曜ロードショーでスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』が放送される。2023年7月に公開された本作はプロモーションを一切行わず、公開前に明かされたのは鋭い眼光の青鷺が描かれたポスタービジュアルのみ。『風立ちぬ』以来、10年ぶりに宮﨑駿監督が生み出した本作は公開後たちまち大ヒットとなり、アカデミー賞長編アニメーション映画部門賞を受賞している。

原作小説との関係

映画『君たちはどう生きるか』のタイトルの由来は、2018年のベストセラー『漫画 君たちはどう生きるか』の原作となった、吉野源三郎が1937年に発表した同名の児童小説。同名であるが、映画の原作は児童小説ではない。あくまでストーリーは宮崎駿によるオリジナルだ。

小説『君たちはどう生きるか』は、学業優秀でスポーツ万能な15歳の少年・コペル君が主人公の物語。彼の日常の中で経験したさまざまな出来事を観察したノートの内容に対し、コペル君の叔父が「ものの見方」や社会の「構造」「関係性」など、哲学や社会学の側面から論じている内容だ。生きていくうえで知っておくべきことが詰まった小説として、戦前に日本で出版された作品だが、描かれているのは令和の今も変わらない普遍的な事柄だ。

映画には、主人公・眞人が実母・ヒサコから渡された本としても登場する。また、眞人がヒサコからの思いを受け取ったことで、新しい母親として受け入れられなかった夏子（木村佳乃）を探しに行くことを決意する。眞人が一段階成長するきっかけとなっているのだ。

一つひとつのシーンは何を表している？

この物語は、11歳の少年・眞人が、母方の実家に疎開した時に、実家のそばに建てられた塔を通して「下の世界」へ迷い込み、継母となる夏子を探して冒険を繰り広げる物語。塔を作った本人であり、「下の世界」を生み出した創造主・ヒサコと夏子の大伯父から、眞人は「下の世界」で管理者となることを懇願される。しかし、眞人はそれを拒否し、夏子を連れて元の世界に帰る。

公開当時、この物語のいわゆる大ボスとして君臨する大伯父を宮崎駿、その子孫である眞人を宮崎吾朗、最終的に崩れ去る塔や下の世界を長編アニメーション映画の制作部門を解散するに至ったスタジオジブリとする見方が溢れた。また、眞人の設定が宮崎駿の少年時代と似通っていることからも、自身を反映したキャラクターであるという指摘も多かった。

その説は『プロフェッショナル 仕事の流儀』（NHK総合）で扱われた「ジブリと宮﨑駿の2399日」で否定されている。このドキュメンタリーでは、宮崎駿が長年にわたり共にアニメ業界で戦い、互いに学び憧れあった、2018年に亡くなった高畑勲への思いが語られている。そして、この中で大伯父＝高畑勲であることも明言されているのだ。それに合わせて眞人＝宮崎駿だと解釈すれば、下の世界はアニメ業界、現実は宮崎駿自身がアニメ業界から解き放たれた世界ということができるだろう。

そもそも『君たちはどう生きるか』は、『風立ちぬ』後の宮崎駿の引退宣言が撤回されて、制作が進められた作品だ。『風立ちぬ』で区切りをつけたところから、我慢ならずアニメ業界に引き戻された結果、制作された作品と言える。『風立ちぬ』から『君たちはどう生きるか』までの10年の間に、高畑勲の体調不良から死去までがあったことを踏まえれば、宮崎駿から高畑勲への愛や嫉妬、尊敬、追悼など積年の思いが詰まった作品と言えるだろう。

作中の表現を、宮崎駿とアニメ業界に絡めて考察したものの、個人的にはそんなことを考えずに見てほしいという思いだ。『君たちはどう生きるか』は、王道のジブリ作品といえる少年の冒険譚。旅を助けてくれるヒロインたちとの出会い、青鷺（菅田将暉）との奇妙な友情が描かれ、炎や森、生き生きとした動物たちを表現する鮮やかな美術が彩りを添えている。 

物語の意味やメタファーなんて分からなくても、ワクワクさせてくれる物語であることには違いない。『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』などと同様の無性に心が惹かれる視聴体験を与えてくれるはず。ジブリの名作を初めて見たあの頃の感覚を思い出すように、『君たちはどう生きるか』を楽しんでほしい。

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ライター：古澤椋子
ドラマや映画コラム、インタビュー、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。
X（旧Twitter）：@k_ar0202