1. トップ
  2. レシピ
  3. とろ〜り絶品でお酒がすすむ!「しらすのまるごとカマンベール焼き」

とろ〜り絶品でお酒がすすむ!「しらすのまるごとカマンベール焼き」

  • 2026.11.8

人気料理研究家のたっきーママさんが居酒屋の女将に扮して、日頃感じていることを思いのままに語るフーディストノート公式連載。今回は「しらすのまるごとカマンベール焼き」のレシピと、50代になって気づいた「どうでもいいこと」のお話をお届けします。

いらっしゃい、ほろ酔い酒場へようこそ。 女将のたっきーママよ。

今日は、カマンベールチーズをまるごと使ったしらすのおつまみよ。

カマンベールチーズの上にしらすをたっぷりのせて、しょうゆをたらしたらトースターで焼くだけ。 お好みで小ねぎや明太子をトッピングしてどうぞ。 お酒がすすむーーー!

とろとろ!「しらすのまるごとカマンベール焼き」レシピ

調理時間

5分

分量

2人分

材料

  • カマンベールチーズ…1個
  • しらす…大さじ3
  • しょうゆ…3滴ほど
  • 小ねぎ…適量
  • 明太子…お好みで

作り方

1. カマンベールチーズの上部を薄くそぐ(そいだ部分はその場でつまみ食いする)。

2. 真ん中をスプーンなどでギュウギュウ押してくぼみを作る。

3. くぼみにしらすをのせ、しょうゆをたらしたら、トースターで3〜4分(カマンベールチーズが溶けてやわらかくなるまで)焼く。

4. 小ねぎと明太子をお好みの量トッピングする。青じそやもみのりをのせるのもおすすめ。

テーブルナイフなどで切り分けながら、食べたい分だけ食べる。

節粉をふってもおいしいわよ。


さて、これまでここではたくさんのお悩み相談を受けてきたんだけど、 今回から少し趣向を変えて、「飲み屋の女将の独り言」を書かせてもらうことにしたの。

というのもね、悩んでいる人に寄り添いたい、味方になってあげたい。だけど、 その悩みが人間関係やご家族のことだった場合、どうしても一方からのお話しか聞けない。 たとえ、聞く限りでは相手がひどい人だったとしても、詳しい事情を知らない私が、見ず知らずの誰かを、公の場で辛辣に批判していいものなのか? 悩んでいる人に寄り添って、元気になってもらうために始めたはずの悩み相談なのに、 曖昧な言葉しか紡げなくて、結局悩みを解決することも、相談者をスッキリさせることもできない。 それが本当にもどかしくて。

そんなことを考えているうちに、相談を受ける側の私が悩むようになってしまったの。(逆お悩み相談。笑) だったらいっそのこと、これからは私がそのときどきに思ったことや、話したいことを 自由に話す場所にさせてもらおうかと。 そんなわけだから、これからは女将の気ままな「独り言」として、気楽にお付き合いいただけたらうれしいわ。

さっそくめちゃくちゃ長い独り言を書かせてもらうわね。 時間があるときに、お酒を用意してゆっくり寄ってってちょうだいね。

50代になって気づいた「どうでもいいこと」の多さ

若い頃には気づかなかった「どうでもいいこと」。 それを「どうでもいいと思える強さ」として装備した私たちは 人生の中できっと今が最強なんじゃないかしら。

あんなに気にしていたことは、何だったのか

今思えば、若い頃は驚くほど多くのことを気にしていたと思わない?

人からどう思われているか。 誰かに嫌われていないか。 自分だけ誘われなかったのはなぜか。 何気なく言われた一言に、何か別の意味があったのではないか。

相手はとっくに忘れているような言葉を、ずっと頭の中で繰り返したり、 誰かの機嫌が悪ければ、自分が何かしたのだろうかと考え、 誘いを断れば、付き合いの悪い人だと思われるのではないかと心配する。

まるで、人にどう思われているかで自分の価値が決まるかのように。

それが今では、誰かにどう思われたとしても、それはその人の自由。 合わない人がいるのも当然だし、全員に好かれるなんてそもそも無理な話だということに、もう気づいている。 以前なら何日も引きずっていたようなことが、今では一晩寝たらどうでもよくなっているし、 なんなら、その日の夕飯を何にするか考えているうちに忘れているわ。笑

これは成長なのか、経験値なのか、単に年齢による記憶力の問題なのか。

ただ、ふと思ったのよ。 あの頃、あんなに気にしていたことって、今の自分の人生にどれだけ影響しているんだろうって。

考えてみたら、ほとんど何も残ってないのよ。 あんなに悩んで、落ち込んで、時間を使っていたのに。 あの頃は大問題だったことも、今となっては何をそんなに気にしていたんだろうと思うことばかりなのよね。

限りある時間の使い道

50代になるまでには、いろいろな経験をするわよね。 がんばっても報われなかったこと。 大切にしていた人との別れ。 思い通りにならなかった出来事。 逆に、何でもない日常がどれほどありがたいものなのかを実感した瞬間。

そうした経験を重ねるうちに、自分にとって本当に大切なものが少しずつ見えてくる。 家族や友人と笑って過ごす時間。 自分や大切な人が健康でいること。 気兼ねなく話せる相手がいること。 何の予定もない休日に、好きなことをして過ごせること。

若い頃には当たり前だと思っていたものが、じつは当たり前ではなかったと気づく。 そうすると、どうでもいいことに心を奪われている時間が、なんだかもったいなく感じるようになるのよ。

例えば、誰かに嫌味を言われたとするじゃない。 以前なら「どういう意味だったんだろう」「何か言い返せばよかったのかな」って、何度も思い返していたかもしれない。 でも、そんなことを考えている間にも時間は等しく過ぎていくし、 相手は何も気にせず、おいしいご飯を食べて、YouTubeを観ながら楽しく過ごしているかもしれないのに、 自分だけがいつまでも嫌な気持ちを抱えているのって、なんだかばかばかしく思えてこない? 誰かの何気ない一言にいつまでも自分の大切な時間を使っているなんて、 考えてみたらずいぶんもったいない話よね。 時間は有限なんだもの。

何もかも、どうでもよくなったわけではない

ただ、「どうでもいい」と思えるようになることと、何に対しても「無関心」になることは違うわ。

人からどう思われるかなんて、もうどうでもいい。 でも、自分が人とどう付き合うかは、どうでもよくない。 誰かに好かれるために無理をする必要はない。 だからといって人を雑に扱っていいわけではない。

自分が間違えたら素直に謝りたいし、誰かがしてくれたことにはちゃんと感謝したい。 そのあたりは、年を重ねたからこそ、きちんとわきまえていたいと思うわ。

若い頃は、人生にはまだまだ時間があると思っていたじゃない? けど、50代になると時間は決して無限ではないということを、少しずつ実感するようになる。 それは悲観的な意味ではなく、これからの時間をどう使うか、以前より真剣に考えるようになるということね。

誰かの評価を気にして過ごす1時間も、大切な人と笑って過ごす1時間も、同じ1時間。 だったら、できるだけ自分が大切だと思うことに使いたいじゃない。 もちろん、これから先もくだらないことで腹を立てたり、どうでもいいことを気にして 落ち込んだりする日はあると思うわ。 ラベルをはがさずにペットボトルを捨てた夫にイライラしたりね。笑 人間、そんなに簡単に達観できるものではないからね。

人生の後半戦、何を大切にして、何を手放していくのか。 せっかくなら、どうでもいいことに振り回されるよりも、自分が楽しいと思えることに時間を使いたいわね。

そんな矛盾だらけの私たちに、カンパーイ!

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ