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「俺だって頑張ったよ」高校受験で不合格… “優等生の息子“が金髪に染めたワケ

  • 2026.10.30
cocrecoイラスト:1日1鶏

17歳の男の子を子育て中のママ(47歳)です。

幼いころから祖父(私の父)からの「お前ならできる」という言葉に応えようと努力し、学級委員や生徒会の役員を歴任してきたわが家の長男。高校受験では、地元でトップレベルの学力を誇る公立高校を目指して頑張りました。

しかし、結果は不合格。合格発表の日から、息子は部屋にこもることが増え、私たち家族とも言葉をかわさなくなっていきました。

私たちが励ましのつもりでかけ続けてきた「あなたならできる」という言葉が息子にとって、どれほど重いものだったのか──私は初めて考えるようになったのです。

※本記事はママの実体験を取材し、プライバシーに配慮して構成したものです。

滑り止めの高校に通い始めた息子の変化

希望校に合格できなかった息子は、いわゆる「滑り止め」として受けていた私立高校へと進学しました。不合格のショックを引きずっていたのでしょうか、学校には行っていましたが、家では以前より口数が少なくなり、どこか元気がない様子が続いていました。

中学時代からの友だちとも次第に距離を置くように。ママ友から「うちの子がLINEしてるんだけど、既読にならないみたいなの」と連絡をもらったこともあります。

これまで「できる自分」でい続けてきた息子にとって、不合格という現実を友だちに知られることは、とてもつらいことだったのでしょう。友だちと距離を置くようになったのも、無理はなかったのかもしれません。

私は、息子にどんな言葉をかければいいのかわかりませんでした。毎朝、「いってらっしゃい」と声を掛けても、息子はうつむいて「行ってきます」と返すだけ。以前のような明るさは見られなくなっていました。

少しずつ変わり始めた息子

その後、少しずつではありますが、息子は新しい高校に慣れてきたように見え、私は安堵していたのですが……。ある日、学校から帰ってきた息子を見て驚きました。髪を金色に染め、強めのパーマまでかけてきたのです。

染髪や私服での登校など、自由な校風が売りの私立高校だということは知っていましたが、まさか自分の息子が髪を金髪に染めるなんて、私は想像すらしていませんでした。

さらに、保育園のころから続けてきた水泳を辞め「軽音部に入る」と言い出したのです。服装も派手なスタイルへと変わり、帰宅時間も次第に遅くなっていきました。

変わってしまった孫(息子)の姿を見た祖父は「なんだその格好は!」と激怒。夫も「どうしちゃったんだ……」と戸惑いを隠せません。

私も最初は「受験の失敗による反動で、自暴自棄になっているのではないか」と不安になりました。しかし、家での息子の様子を見ていると、以前と変わらない優しさも感じられます。

下の兄弟が宿題で困っていれば相変わらず優しく世話を焼くし、私がスーパーで重い荷物を持っていれば、何も言わずにひょいと持って運んでくれることもある。家族に向けるおっとりとした笑顔や、根底にある優しさは、昔のままでした。

ある日、私が思い切って「最近、少し変わったよね」と声をかけると、息子は少し考えてからこう言いました。

「別に、悪いことしたいわけじゃないよ。ただ、ずっと“ちゃんとした自分”でいるのが疲れただけ」

その言葉を聞いて、私はようやく気づきました。息子は、周囲の期待に応え続ける「優等生」でいることをやめ、自分らしく振る舞うようになっただけ。少なくとも私には、そんなふうに見えたのです。

祖父との衝突「俺だって頑張ったよ」

cocrecoイラスト:1日1鶏

しかし孫の変化を受け入れられなかったのか、父は会うたびに私に小言を言うようになりました。それだけでは飽き足らなかったようで、週末のある日、実家からやってきた父が、息子を捕まえて強い口調で説教を始めました。

「昔のお前は、そんなんじゃなかった。もっとしっかりしている、良い子だったじゃないか。俺はお前に期待していたんだ! それなのに、お前は……」

息子はしばらく沈黙したあと、小さな声でこう呟いたのです。「……俺だって、頑張ったよ」

その瞬間、私の胸がギューッと苦しくなりました。そうだ、この子は十分頑張ってきた。結果が不合格だったというだけじゃないか。

友だちが遊んでいる間も、大人の期待に応えようとして頑張っていました。それなのに、私たち大人はというと、そんな頑張りを認めることをせず、「お前はもっとできる」「お前なら大丈夫だ」とハッパをかけ続けてきたのではないだろうか。

「お父さん、もうやめて!」私は初めて、父に向かって声を荒らげました。「この子はもう十分頑張ったの。これ以上、責めないで!」

父は、初めて見る私の反抗に驚いたようです。そして、何も言い返すことなく、わが家から帰っていきました。

もちろん父に悪気はなかったはずです。むしろ、孫のことを誇らしく思っていたからこその言葉だったのだと思います。ただ、「すごいね」「お前ならできる」という期待は、ときに励ましにもなれば、プレッシャーにもなる。そのことを私は初めて実感したのです。

息子が教えてくれた大切なこと

あの過酷だった受験から1年が経ち、ようやく息子は以前の息子らしさを取り戻しました。軽音部のライブの話をしたり、高校で新しくできた友だちと出かけたり、高校生活を楽しんでいるようです。

あのころの息子は、周囲の期待に応えようと必死でした。成績だけを見れば、今のほうが評価は下がったのかもしれません。それでも私は、今の息子を見ているほうが、ずっと安心できているのです。

受験生だったあの夏、息子は「できない」「苦しい」と言えないまま、必死に頑張っていました。でも、時に、周囲からの励ましは「結果を出せない自分は、愛してもらえない」という、間違ったメッセージとして子どもに届いてしまうこともあるのではないでしょうか。

大切な人たちからの期待を感じるからこそ、その人たちのために頑張ろうとする。それ自体は、悪いことではないのかもしれません。

ただ、親はつい「この子はこういう性格だから」「きっとこう育つはず」と、自分なりの理想を重ねてしまいがちです。子どもの成長は本来、親の想像どおりにはいかないものなのに。

親としてうれしいのは、親の思いどおりに育つことではなく、その子がその子らしく成長してくれること。そんな大切なことを息子は体を張って私たちに教えてくれたような気がしています。

文/構成・橘サチ

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