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彼女の昇進を素直に祝えなかった俺が、家賃を払えずにいた2カ月に考えていたこと

  • 2026.10.30
ハウコレ

2カ月分の家賃と光熱費、彼女が買ってきた食材の分。何度足し直しても、手帳の最後のページの合計は同じでした。その金額を封筒に詰め終えるまで、俺は彼女に一度も礼を言えていませんでした。

取引先が離れそうだと聞いた日

彼女が昇進を報告してくれた日、俺は社長から、大口の取引先が離れそうだと聞かされていました。部屋に戻ると、同棲して2年になる彼女が辞令のコピーを差し出してきました。

「主任になったの。お給料も少し上がるんだ」

缶ビールを開けてから、俺はその紙に目を落としました。

「稼ぐ女は可愛くないよ」

口にしたあとで、自分が笑っていることに気づきました。彼女は紙を裏返し、流しで皿を洗い始めました。

父が母に向けていた言葉

あの言葉は、父の口癖でした。俺が中学生の頃、父の営む電器店が閉まり、母が毎日遅くまで働きに出るようになりました。母が職場の話をすると、父は笑って「稼ぐ女は可愛くないよ」と返す。やがて母は、食卓で仕事の話をしなくなりました。

ああはならないと決めていたはずでした。それなのに、会社が危ないと聞いた日に、同じ言葉を同じ顔で口にしていたのです。

1カ月ほどして、社長は事業をたたむと決めました。玄関で靴を脱ぐ前に「会社、今月で閉めるって」と伝えると、彼女はすぐに「家賃は私が払っておくね」と言ってくれました。俺が返せたのは、一言だけです。

「悪い」

「悪い」で済ませ続けた理由

ありがとうと言えば、支えられる側に座ったと認めることになる気がしました。店を閉めたあとの父が、母に礼を言う姿を見た覚えはありません。その父と同じ椅子に座るのが怖くて、何を払ってもらっても「悪い」で済ませ続けました。

夕飯は向かい合って食べても、話しかけられれば「うん」と返すのがやっと。食べ終えるとすぐ奥の部屋にこもり、ノートパソコンで応募書類を書きました。スーツで面接に出かけた日も、行き先は告げませんでした。送った会社は20社を超えました。彼女が払ってくれた金額は、日付と一緒に手帳へ書き写しました。

そして...

新しい会社に決まったことは、夕飯の席で自分から話しました。その日から奥の部屋のドアは開けたままにして、ノートパソコンもリビングのテーブルに戻しました。最初の給料が出た日。手帳から書き写したメモをお札と一緒に封筒へ入れ、テーブルに置きました。

「助かった。ありがとう」

会社が閉まってから、ようやく言えたのはそれだけです。彼女は引き出しから紙を1枚出して、封筒の隣に置きました。あの日、裏返された辞令のコピーでした。紙に目を落とし、それから彼女の顔を見ました。

おめでとうも、あの言葉を取り消したいことも、まだ伝えられていません。手帳の空いたページには、彼女が前に行きたいと言っていた店の名前を書き足しました。2つとも、その店で伝えるつもりです。

(20代男性・会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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