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「暇なのかな」と聞こえた交差点。旗を買った元トラック運転手の俺が、あの子に教えたこと

  • 2026.10.13
ハウコレ

1人で帰ってきた女の子を呼び止めた日、向かいで待っていた母親が走って渡ってきました。毎日立っているのかと聞かれ、口から出たのは本当の答えではありませんでした。

ホームセンターの棚から、一番目立つ黄色の旗を選んでレジに置きました。40年トラックに乗り、定年で会社を辞めた翌月のことです。旗を持って向かったのは、ハンドルを握っていた頃からずっと忘れられずにいた交差点でした。

ミラーの端に映った黄色いカバー

まだ4トントラックで配送を回っていた頃、あの交差点を曲がろうとしたときのことです。左のミラーの端に、黄色いものがちらりと映りました。電柱の陰から出てきた、1年生のランドセルのカバーでした。

思いっきりブレーキを踏み、運転席から飛び降りました。女の子は歩道の端で尻もちをついて泣いていましたが、けがはありませんでした。それからは、あの角を曲がるたびに速度を落としました。

今は倉庫で検品のパートをしています。仕事を終えると家には寄らず、子どもたちが帰ってくる頃の交差点へ向かいます。誰かに頼まれたわけではありません。

腕章のない旗振り

子どもが通らない間は、折りたたみ椅子に座って待ちます。宅配の車が停まれば、窓越しに運転手へ声をかけます。昔の同僚も多く、笑って話し込むこともありますが、最後は必ず「この角は子どもが出てくるから、ゆっくりな」と頼むのが決まりでした。

春休みで子どもの姿がない日も、足は交差点へ向きました。その日、母親と女の子が信号待ちで俺のすぐ横に並びました。女の子が「あのおじさん、だれ?」と聞き、母親が答えます。

「暇なのかな」

腹は立ちませんでした。腕章もない男が毎日立っていれば、そう見えるのも無理はありません。青になると、いつもどおり旗を横に出しました。気になったのは、女の子の背中の真新しいランドセルです。

電柱の陰から走り出した女の子

入学してしばらくたった頃、あの女の子が1人で歩いてきました。向かいのコンビニの前には、あの母親の姿も見えます。信号が青に変わった瞬間、女の子が電柱の陰から走り出します。曲がってくる軽トラックが目に入り、体が先に動きました。

「止まって!」

前に出て旗を突き出すと、女の子は歩道の端で止まり、軽トラックも手前で止まりました。運転手が片手を上げて曲がっていきます。

しゃがんで電柱を指さし、「ここで1回止まって、運転してる人の顔を見るんだぞ」と話すと、女の子は黙ってうなずきました。次の青で、母親が走って渡ってきます。

「ありがとうございました」と頭を下げられ、立ち上がって隣の電柱に手を置きました。

「運転席からだと、この電柱の陰は見えないんですよ」

「毎日、ここに立ってらっしゃるんですか」

「暇ですから」

笑ってそう答え、旗の柄を持ち直しました。ミラーに映った黄色の話をすれば、この人を怖がらせるだけです。春休みに聞いた言葉を借りるのが、一番軽く済むと思いました。

そして...

それから女の子は、電柱の横で1回止まり、曲がってくる車の運転席を見上げてから渡るようになりました。母親も通るたびに「こんにちは」と頭を下げていきます。俺は旗を少し上げて返すだけで、あの日の本当の答えはまだ話していません。

倉庫から戻った足で、旗の柄に巻いたテープを巻き直しました。いつか話すのかどうかは、自分でも決めていません。

(60代男性・倉庫スタッフ)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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