1. トップ
  2. エピソード
  3. 彼女を先に電車へ乗せたあと、俺がホームのベンチで打ち続けていたメモ

彼女を先に電車へ乗せたあと、俺がホームのベンチで打ち続けていたメモ

  • 2026.10.13
ハウコレ

戻ってきた彼女に「ずっと、何を見てたの?」と聞かれて、とっさにスマホをポケットに入れました。メモの一番上にある日付のことは、まだ話せていません。

発車ベルが鳴り終わる前に、俺はもう手元で親指を動かし始めていました。彼女を先に電車へ乗せて、自分だけホームに残る。ここ数か月、デートの帰りはずっとそうしてきました。

「その日、試験だって言ったよね」

付き合って3か月の頃、カフェで旅行サイトを見せながら週末の遠出に誘いました。彼女はカップを置いて、少し笑って言いました。

「その日、試験だって言ったよね」

確かに聞いていました。資格の勉強を続けていることも、その日付も。話している間は、ちゃんと聞いているつもりでした。ところが帰りの電車に揺られるうちに、その日の会話は半分ほど抜け落ちてしまう。昔から、そういうところがありました。

彼女は責めずに笑ってくれました。それが余計にこたえました。覚えていられないと打ち明ければ、話を聞いていない男だと思われる気がして、結局言えないままでした。

1本ずらしてホームで打っていたメモ

それから、会った日の帰りにメモを取るようになりました。彼女の好きなパン屋、職場の先輩の呼び名、次に見たいと言っていた映画。隣に座って打てば、彼女の前でスマホばかり見ている男になります。家まで持ち帰れば、また半分こぼれてしまう。だから彼女を先に乗せて、ホームで書き終えてから帰ることにしました。

「先に乗って。俺は次ので帰るから」

一度「一緒に乗ればいいのに」と言われたときも、笑って首を振るだけでした。実際には、次の電車で帰れた日はほとんどありませんでした。書き足しているうちに、2本、3本と見送ってしまう。手を止めて線路の先を見るのは、会話の順番をたどるときの癖でした。彼女の電車が走っていった方を見ていると、不思議と続きが出てきたのです。

ドアが閉まる前から手元ばかり見ていたので、窓の向こうの彼女がどんな顔をしていたのか、俺は見ていませんでした。

戻ってきた彼女に、半分だけ答えた

その日も、ベンチで3本目を見送ったところでした。横に人の立つ気配がして顔を上げると、彼女がいました。

「え、戻ってきたの?」

とっさに画面を消して、スマホをポケットに入れました。見られて困るものではないのに、手のほうが先に動いていました。

「隣の駅で降りて、戻ってきたの」

「ずっと、何を見てたの?」

メモの話をすれば、覚えていられない自分のことまで話すことになる。線路のほうへ目をやってから、半分だけ答えました。

「忘れないうちに、書いておきたくて」

何を、と聞き返されて、口から出たのは約束のほうでした。

「今度、ちゃんと見せるから」

そして...

「今日は一緒に乗ろう」と言われて、うなずきました。次に来た電車へ、彼女と並んで乗りました。

彼女の駅までの間、ポケットのスマホには触れませんでした。彼女が降りてドアが閉まると、窓越しに小さく手を上げてから、スマホを取り出しました。

メモの一番上には、今も試験の日付が残っています。その下に、今日は一緒に乗ろうと言われた、と書き足して保存しました。

(20代男性・会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ