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「お前、ちっちゃいな」名前より先に、私は「お前」と呼ばれていた。上京した日に父から届いた長文

  • 2026.10.10
ハウコレ

鍵の話か、無駄遣いの話か。叱られると身構えて開いた父の長文に、小言は一行もありませんでした。書かれていたのは、私が生まれた日に父が最初にかけた一言です。

父の「お前」のあとには、いつも小言が続いた

物心ついたころから、父は私を「お前」と呼びます。名前で呼ばれた記憶は、ほとんどありません。

「お前にはまだ早い」「お前は考えが甘い」。中学に上がるころには、父の「お前」のあとに決まって小言が続くようになっていました。

東京の会社に就職が決まってからは、「お前一人で本当にやっていけるのか」が口癖に。心配されているというより、最初からできないと決めつけられている気がしていました。

やめてと送った私に、父の返事は「お前はお前だろ」

引っ越しの前日、荷造りの手を止めて反論すると、父は新聞をたたんで言いました。

「お前は何も分かってない」

何年もためてきたものが、その「お前」であふれ出しました。そのまま自分の部屋に戻り、父にメッセージを送ります。

「その『お前』って言うの、やめてよ」

すぐに既読が付き、返ってきたのは短い一行でした。

「お前はお前だろ」

「そういうところが嫌なの」

それきり、父とは口をきいていません。「荷物、それで全部か」と声をかけられても、返事をせずにガムテープを貼り続けました。翌日、駅まで見送りに来たのは母だけです。

長文に書かれていたのは、私が生まれた日のこと

通知に出ていたのは、父の名前と「お前へ」という書き出しだけでした。

また説教が始まる。鍵はちゃんと掛けろ、無駄遣いはするな。言い返す文面まで頭の中で用意してから、ようやくチャットを開きます。

「お前へ」

「お前が生まれた日のことを覚えている」

続いていたのは、産院の廊下を何度も往復したこと、名前は母と何日も話し合って決めたこと。そして、こんな一行でした。

「初めて抱いたとき、最初に出た言葉は『お前、ちっちゃいな』だった」

名前より先に、私は「お前」と呼ばれていたのです。すぐ上に残る「お前はお前だろ」の一行が、送られてきた日とは違って見えました。小言はどこにもなく、最後は「困ったら連絡しろ」だけ。用意していた言い返しは使わないまま、最初から読み直しました。

そして...

何度か打ち直しても、書き出しだけは変えませんでした。

「お父さんへ。全部読んだ。困ったら、ちゃんと連絡する」

すぐに既読が付き、「おう」とだけ返ってきます。

チャットには、父の「お前へ」と私の「お父さんへ」が並んでいます。口下手な父があの長文をどんな思いで打ったのか、まだ聞けていません。

(20代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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