1. トップ
  2. ビューティー
  3. 隣の芝は青いと感じたらねたむのではなく、自分の庭を美しく育てて

隣の芝は青いと感じたらねたむのではなく、自分の庭を美しく育てて

  • 2026.9.4
植松晃士さん
PROFILE

ファッションプロデューサー

植松晃士さん

辛口だけど愛あるアドバイスは、ときにファッションの枠を超え、ハッピーな人生を摑むカギに!

【今月のネガワード】隣の芝生は青い

「ねてもさめても、ねたましい!」

問題は、青く見えることではない!

『隣の芝生は青い』とは、「他人のものは自分のものよりよく見える」ことのたとえ。そりゃ、青いものは青く見えるし、素敵にも見える。ただ、僕の場合、自分の庭の芝生も同じように青くしたいかというと、そうは思わないけど。

もしかしたら、こういう感情が生まれやすいのは、「人と同じものが好き」「同じだと安心する」という日本人特有の気質もあるかもね。「あの人のようなスタイルになりたい」「私もあのバッグが欲しい」「彼氏がかっこよくていいな」とか。

まぁ、憧れて羨ましくて「青くする」=まねをするのはいいと思います。誰にも迷惑をかけてないわけだし。ただ、たとえば同じバッグを買ったとして、その人と同じ場に持っていくのは愚か。持っていかないのがルールです。どうしても持っていくなら、その人に宣言が必要ね。

問題は、この感情が強すぎて振り回されてしまうこと。さらに、羨ましい気持ちに悔しさが加わると、それはねたみになる。隠しているつもりでも、意外と周りには伝わるもの。「チッ」と思うときもあるでしょう。そんな手放しで相手を褒められないときは、社会人として最低限のお愛想だけ述べて、その場を去るのがベスト。同じ土俵に居続けると、表情や態度に出てしまうから、関わりすぎないことが自分のためにも大事です。

どう思うかは、自分が積み重ねてきたもの次第

「あのとき、こうしておけばよかった」と後悔をよく口にする人に限って、それを次に活かす努力をしていなかったりする。そして、そういう人ほど「隣の芝生は青い」と思いがち。逆に、自分の目の前にあることを淡々と積み重ねてきた人は、何かしらの結果を得ているから、隣の芝生が青く見えても心はぶれない。「ふーん、いいね」で終わるはず。つまり、今抱えている感情は、これまで自分が積み重ねてきたものの延長線上にあるものだと思います。それに、本来、比べて評価するのは当事者ではなく、周りの人。自分で勝手に優劣を決めはじめるからおかしなことになる。それでも青々しくしたいならまねればいいけど、資金がない、経験や知識がないなどの理由でまねできないなら、それも今まで積み重ねてきた結果。自分が満足できるレベルまで稼ぎたいなら、人に言われたことの3倍くらいやらないと届かないかもね。

それに、もし自分の庭が枯れていたとしても、“枯山水”という価値観があるように、手入れしていれば、どこかの誰かには「素敵」と思われることだってある。人の個性はみんな違うし、社会も違う個性を求めている。すべての物事は、上を見ても下を見てもキリがない。今いるポジションは、自分が今までしてきたことの、それ以上でもそれ以下でもない。変わりたかったら、つまらないねたみで頭をいっぱいにするんじゃなくて、仕事を頑張るのか、自分磨きを頑張るのか。自分が何をすべきか考えて。

ただ、一生懸命になりすぎると空回りすることもあるから、それだけは気をつけてね。あとね、時代が味方してくれることもある。時代って、自分の能力や努力だけではどうにもならない大きな要素。だから、人と比べて神経質になりすぎないことも大事。人生って、いいときも悪いときも何回か巡ってくる。だからネガティブな感情も含め、そのときをいちいち楽しめるくらいの余裕を持ってね。

心が乱れるほど「隣の芝生は青い」と感じたら、ねたむのではなく、自分の庭を美しく育てて ──植松晃士
植松晃士さん

イラスト/いいあい 撮影/伊藤泰寛 ヘアメイク/松本晃幸 スタイリング/曽我部将人 取材・文/楢﨑裕美

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ