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朝ドラ『風、薫る』神社に行った後、文(内田慈)と直美(上坂樹里)はどんな言葉を交わしたのか—余韻に溢れる週となった

  • 2026.7.27

朝ドラ『風、薫る』神社に行った後、文(内田慈)と直美(上坂樹里)はどんな言葉を交わしたのか—余韻に溢れる週となった

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。近代看護界の先駆者となった2人の女性を主役とする物語。「風、薫る」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

二人の複雑な思いと距離感が胸に迫る

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著・中央公論新社)を原案とし、激動の明治時代を駆け抜けた二人のナースを、見上愛・上坂樹里のダブル主人公として描くNHK連続テレビ小説『風。薫る』の第17週「脈動」が放送された。

前週からの流れで、りん(見上愛)は新潟の女学校寮の舎監として、直美(上坂樹里)は東京で変わらず看護婦として、二人それぞれの道が並行して描かれていく。

そのそれぞれの道でドラマチックに展開したのが、序盤からずっと描かれ続けてきた、直美の母は一体誰なのかという問題である。これまでにも女郎の夕凪(村上穂乃佳)が母なのかどうかに迫るエピソードもあったが、ここへきて、瑞穂屋の店員である文(内田慈)が直美の母なのではないかという展開が訪れた。

病に臥せる文を直美が看護するうち、直美は文の髪飾りに使われている布が、自分が捨てられたころからずっと肌身離さず身につけていたお守り入れと同じものであることに気づく。ある種の確信のもと、直美は文にたずねる。もしものときに知らせる人はいるか? いない。実家は? 海の見えるところ。何かをごまかしているような言い回しに、直美の確信はより強いものとなる。

直美は瑞穂屋の卯三郎(坂東彌十郎)にあらためて文のことをたずねると、卯三郎は明治元年の横浜での出来事を振り返りはじめた。横浜で出会った女性、それが文だった。文は卯三郎が商人であることで、詐欺話を持ちかけてきたのだという。直美もまた、過去に身分を偽って結婚しようとしたことがある。どこか似ている行動もまた、血を感じさせるようで、いっそう思いを強めていく。

さらに、寛太(藤原季節)がいろいろ調べたことで、横浜に女郎あがりの妊婦がいたこと、そしてミルクがゆを作っていたアメリカ人女性、赤ちゃんが生まれる前に消えた男、一人で育てるのはきびしく教会にあずけたこと……“初代夕凪“とみられるこの女性は直美が看護する文であり、直美の母である。直美の生い立ちに迫るピースがいよいよ揃った感がある。

「あの……私の母親ですか?」
ついに直美が止められない思いが溢れたかのように切り出す。
「錦栄楼にいた、夕凪……違いますか?」
これまでに得た「状況証拠」をもとに文にたずねる。それを聞いた文は、
「そんなふうに見えます、私?」
と返した。自分が赤ちゃんを捨てる女のように見えるということなのかと。

直美と文が親子、文が直美を産んだ母であることはほぼ確定している。文だってそれにとっくに気づいていたかもしれない。しかし、それを認めるわけにはいかない事情やこれまでの人生がそこにある。認めはしないが「違う」とも言わない。直美もまた、さらにもう一歩は踏み出すことができない。そこに直美にとっての文には「看護」という立場があることが歯止めになるところも絶妙であり、二人の複雑な思いと距離感が。なんとも胸に迫るやりとりだ。

後日、牧師の吉江(原田泰造)が訪れた際、直美は「このまま看護婦と患者ということで」いいと言った。
「本当は言いたいことたくさんある。許したわけじゃない、なんで捨てたの? なんで名前もつけてくれなかったの? って子供のころからずっと言いたかった」

吉江の牧師らしいあたたかな人柄に安心したのか、直美は堰を切ったように本心を涙ながらに語った。親に捨てられ教会を転々として育った直美にとって、吉江が父のような存在であることが伝わる。

最初で最後の親子の時間を過ごしたことと

揺らぎ続ける直美の思い。文を診察した藤田(坂口涼太郎)にも、思わず「母親……みたいな人」と言ってしまう。これを聞いた藤田は、いろいろ察したのだろう、文の胃がんはすでに全身に転移がすすんでいる可能性が高く、治療は困難だと告げる。つまり、二人に残された時間はそう長くない。そして藤田は言った。治らない患者にも、病院に来られない患者にも、看護は必要だと言われ、直美はハッとする。そしていろいろな思いを封じ込め、あくまでもプロとしての看護婦であろうという決意を抱く。

そんななか、「急にお休みができたからね」と、りんが新潟から帰ってきた。久しぶりに再開したりんは、
「直美さんの気持ちでいいんじゃない? 直美さん、子どもなんだから」
と言った。りんは娘の環(英茉)から届いた手紙で、直美が思い悩んでいるらしいことを知っていたのである。そして、
「看護婦しなくていい、こんなときまで」
と口にした。残された時間は、母と娘として過ごしていい。かつて同じ病院の同僚として勤務した仕事上のことだけでなく、りんと直美、ふたりは心の奥底でも通じ合い、支え合うバディであることを実感させてくれた。離れていてもふたりは互いにかけがえのない存在である。

そんなある日、文は、看護をしながら添い寝していた直美の顔を慈愛に満ちた表情で触れ、お守りの生地を確認した。目が覚めた直美に、文は言った。
「ひとつだけしたいことがあります」

直美は文を熱海の神社へと連れて行く。患者を外に連れ出すという行為には、りんが帝都医大病院を辞めるきっかけとなった行動と重なるところもあるが、やはりそれぞれ核心には直接触れないものの、最初で最後の親子の時間を過ごしたこととなる。

その後、ほどなくして文はこの世を去ったのだろう。直接的には語られないが、登場人物たちのセリフからそう気付かせてくれるところも繊細であり優しさを感じさせてくれる演出だ。

そんなある日、環の寝顔をかわいいと言った直美に、りんの母、環の祖母である美津(水野美紀)は、
「それは簡単、親だから」
と言った。少し前に文が直美の寝顔を見て慈愛に満ちた表情を浮かべた場面が頭の中で重なりあう。美津はこう続けた。
「言っておきますが、直美さんが環の二人目の母ならば、私は直美さんの二人目の母ですからね」

本当の母ももちろん大切だが、直美にはここにも「母」だという存在がいた。今の直美の周りには、たくさんのひとがいる。りんは大切なバディであり、吉江だって父代わりのような存在でもある。直美はもう捨てられた天涯孤独の子どもではない。
「よくやりました。よくがんばりました」

その言葉に、いろいろと解放されたように、直美は号泣する。安心しきった様子は、たしかに美津と直美は本当の親子のようでもあるかもしれない。

直美と文、直美と美津、りんと美津、りんと環、そして直美と環……母と娘の関係性がいろいろな組み合わせで描かれ、決して血のつながりだけでない母娘の間の絆や愛が、本作の重要な柱であることを実感した。

神社に行った後、文と直美はどんな言葉を交わしたのか、どこまで親子は心を近づけられたのか、それを直接的には語らず感じとらせてくれる余韻に溢れる週となった。

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