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コシノヒロコさん×小川久美子さん特別対談|ファッションと衣裳デザイン、二人の仕事に共通する精神性とは

  • 2026.7.24
©Yuya Furukawa

東京都現代美術館で2026年7月26日(日)まで開催しているデザイナー・コシノヒロコさんの展覧会「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO -新説/真説 コシノヒロコ-」。

展覧会の関連イベントとして、2026年7月20日に特別対談「継承される美意識 ─ ⾐裳・デザイン・伝統⽂化をめぐる対話 ─」が開催されました。

コシノさんがゲストに迎えたのは、映画『国宝』(2025年)や『キル・ビル』(2003年)などで数々の名衣裳を生み出してきた衣裳デザイナーの小川久美子さん。

服飾史家・中野香織さんのモデレートのもと、「装い」「色と形」「身体性」「継承と更新」という4つのテーマで語られた、衣服にまつわる豊かな対話をお届けします。

左から中野香織さん、コシノヒロコさん、小川久美子さん。 ©Yuya Furukawa

「洋服というのは一番体に近い“環境”だと思うんです」─コシノさん

1. 装い ―「他人になる服」と「自分になる服」

中野香織さん(以下、中野) 私はファッションの歴史や思想を研究しています。本日はモデレーターとして、おふたりの言葉を引き出す係に徹したいと思っております。

小川さんがお作りになるのは、たとえば映画『国宝』なら、吉沢亮さんが着ると“立花喜久雄になる”といった「別の誰かの人生を生きるための服」です。

一方、コシノさんがお作りになるのは、「着た人がより自分自身になるための服」。 他人になるための服と、自分になるための服。 向かう先が正反対ですが、この2つは全く別のものなのでしょうか。

©Yuya Furukawa

小川久美子さん(以下、小川) 映画の衣裳を手掛ける上で人物像を表現するために大切にしているのは、その世界観のなかで、その人物が違和感なくちゃんと生きているかどうかです。

中野 衣裳を考える際に時代考証も必要になってくると思うのですが、時代考証と画面での美しさがぶつかるということはありますか?

小川 ぶつかるというよりは、そのなかで一番ふさわしいものをチョイスして考えるという感じですね。 ぶつからないように作っていくといいますか。

たとえば、『国宝』の喜久雄の子ども時代の衣裳だったら、お父さんがヤクザで土地も長崎ということで、ちょっとアメリカの文化が好きな雰囲気を出しつつ、昭和30年代のやんちゃな方が着ていたような大きな襟の革ジャケットにしました。

同じく『国宝』で横浜流星さんが演じた大垣俊介は、坊ちゃんでちょっと派手なものを好む性格なので、柄が大きくはっきりとした浴衣を着ていただきました。実際に衣裳を選ぶときは、その人物の気持ちになって選ぶので、違う役の人が着そうな服はいれないようにしていますね。

中野 コシノさんにお伺いします。半世紀を超える創作の中で、コシノさんの服を着た方が鏡の前で表情を変える瞬間を数え切れないほどご覧になっていらっしゃると思います。ファッションが持つ自己表現の力をどのようにお考えでしょうか。

コシノヒロコさん(以下、コシノ) 私は、洋服というのは一番体に近い“環境”だと思うんです。 人間って環境によって精神状態がかなり変わってきますよね。 洋服を着ることによって、その人の生活の考え方まで影響できるようなデザインを提供していきたいというのが私の考え方です。

私が若いころ、お店にとあるお客様がいらっしゃったんです。その方はお金持ちなのに自分で装うことに興味がない方でした。

そこで、私が思いっきりかっこよくしてあげるという約束をして、彼女の服をたくさん作ったんですが、新しい服を着るたびに彼女の風貌がどんどん変わっていくんです。風貌だけではなく、生き方や人への接し方も変わっていきました。

そのときに、デザイナーという仕事は、人に影響を与える大変な仕事だと思ったんです。単なる洋服を作るのではなくて、その人の本当の人格や中身を表現できるいい服を作るということが私の使命だと思うようになりました。 たくさんの人の洋服を作ったことで、私自身が成長したと思っています。

中野 自己表現じゃなくて、自己創造のための服ですね。

コシノ そうですね。これはもうお互い様です。相手の美しさを引き出すと同時に、デザイナー自身がそれ以上の表現力を持っていなければ、人を魅力的にする仕事はできないというのが私の考えですね。

HIROKO KOSHINO 2005AWコレクション「LABOHÈME - ラ・ボエーム -」より。 ©岡本充男

洋服というのは、本人も気が付いていない価値観を引き出す力があるんですね。他人から「素敵ね」と言われたときに誇りに思えること。それを感じていただけるなら、洋服としては成功かなと思います。

中野 着る人からまだ出ていないものを引き出すという点では、おふたりは同じ仕事をされているのかもしれないですね。

「『キル・ビル』で黄色を選んだのは、脚本に『毒蛇のよう』と入っていたから」─小川さん

2. 色とかたち ―色使いで意識していること

中野 次は色が持つ意味について。『キル・ビル』でユマ・サーマンが着た印象的な黄色いトラックスーツや、日本の伝統色の使い方など、おふたりが色や形をどのように武器にしてきたのかを伺いたいです。

小川さんは1本の映画の中で、色彩設計を行う際に意識されていることは何でしょうか?

小川 映画というのはまず脚本がありますので、その中のセリフやト書きから考えて色を選びます。 『キル・ビル』で黄色のトラックスーツを選んだのは、脚本に「毒蛇のよう」という一言が入っていたからなんです。「毒蛇」というキーワードからオレンジか黄色を考えて、そこに黒いラインを入れることで、デザインとしての強さは十分に出るのではないかと思っていました。

中野 「黄色」というと西洋では臆病者の色とされているので、復讐の女神が黄色を着ているということが大胆だなと思いました。ブルース・リーにオマージュを捧げたトラックスーツとも言われていますね。

小川 そうですね。途中でそのことに気が付いたんですが、最初はそういうことを全く考えずに作ってました(笑)。

中野 あと、ユマ・サーマンが「オニツカタイガー」の“タイチ”シリーズを履いていますが、これは2000年代のオニツカタイガーの躍進にもつながりましたよね。映画衣裳が経済効果をもたらした画期的な例だと思います。

一方で、コシノ先生は日本の伝統色をよく使われています。「和風」となると取り扱いが難しそうですが、現代のファッションとしてどのように翻訳していらっしゃいますか。

コシノ 服というものは、アートだと思っています。色って特に大切。そして、的確な色を表現するためには、素材が重要です。服をどんな造形にするかは、色と素材が決まってから決めています。

「和風」でいうと落ち着いた侘びさびの美しさも好きなんですが、やはり歌舞伎のような雅で華麗な色に惹かれます。

たとえば、歌舞伎の『助六(助六由縁江戸桜)』で助六が真っ暗なところに紫の鉢巻きをして登場し、見得を切るときに着物のなかからパッと真っ赤な「蹴出し(けだし/裾除け)」 が出てくる。

その色の表現こそまさに日本の伝統で、海外の人には考えづらい配色ではないかと思います。色だけでなく柄と柄も重ねますが、そこに1つのコンセプトが見える。そういうものを見ると、日本ならではの美しさってすごいなと感じます。

私の色使いでいうと、伝統的な色をそのまま使うのではなく、そのなかに蛍光色をポンと入れてみる。 そうすると全体的に新しく感じるし、伝統色の良さがより際立って見えるんです。

〈スクリーン内・左から〉HIROKO KOSHINO 1999AW「REBIRTH OF CUBISM 」 、2015AW「北欧の森」コレクションのアイテム。 ©Yuya Furukawa

左側の写真の服は黒を基調としていますが、 青、黄色、赤の綿を裏打ちして、ミルフィーユのように重ねてニードルパンチ加工を施しています。 表面は黒なんですが、端からなかに隠れたさまざまな色の綿が飛び出しているというデザインです。 面白い造形で、体が動くとカラフルな綿がひらひらと動きます。

こういった服は人間が着るというよりはアートの領域ではあるんですが、遊びのある服を作りながら「洋服ってやっぱり面白い」ということを伝えていきたいですね。

「デザイナーでも男女でものの考え方が違う部分があるとは思いますね」─コシノさん

3. 身体性 ―衣服に命が吹き込まれる瞬間

中野 服はハンガーにかかっているあいだは未完成で、人が袖を通した瞬間に完成します。衣服に命が吹き込まれるとき、一体何が起こっているのでしょうか。小川さんは、俳優さんが衣裳を着た瞬間に、人が変わったというのを目撃したことはありますか。

小川 はい。衣裳合わせで洋服に影響されて、顔つきやしぐさ、言葉の端々が本当に別人になる俳優さんもいらっしゃいます。 俳優さんも脚本を読んで役の性格を考えていくわけですが、衣裳を着ることで「考えていたイメージで大丈夫だな」「ちょっとやりすぎかな」とかその人の演技プランに影響することはあると思いますね。

中野 ありがとうございます。反対にコシノ先生のお客様は服を着ることで、「なりたい自分になる」ということがあると思います。年齢を重ねていく上で、服の力でより体を美しく見せる視覚効果をどのように設計していらっしゃいますか。

コシノ よく「太ってきたから着る洋服がない」という方がいますが、太っている体型もひとつの個性なんですよ。 “持っている個性を最大限に生かす”というのが大事なことで、洋服にはその錯覚を起こさせるテクニックがあります。

ショーでもモデルが服を着た途端に心持ちが変わり、洋服の美しさが最大限に表現できるような動きになることがあります。 洋服によって与えられた“何か”が人間を動かすんですね。 それだけの気持ちにさせられる、心を変えるというのが洋服の大切さです。

©Yuya Furukawa

中野 おっしゃる通りです。いまのお話を聞いて少し連想が飛んだお話をするのですが、2022年ごろ東京で、シャネル展やディオール展など海外デザイナーの展覧会が開かれたことがありました。

二つの展覧会を見比べたときに、ココ・シャネルの服はマネキンが着ないと形が見えない。一方でクリスチャン・ディオールの服はマネキンがいなくても立っている。つまり、女性であるシャネルがデザインした服は、“自立しない形の服に、人が袖を通して初めて完成する”ということかなと感じたんです。 それってやはり女性デザイナーならではの感性なのでしょうか。

コシノ 男性と女性で、ものの考え方や感じ方が違う部分があるとは思いますね。女性デザイナーはやはり自分でその洋服を着るので、着た時に自分が一番嫌だなと思っているところを隠すようにする。

たとえば、私は背が小さいので、どういう洋服を着れば背が高く見えるかを考えてデザインします。そういったところが実際に着たときの満足感につながるということはあるかもしれませんね。

小川 なるほど、おもしろいですね。私とコシノさんでアプローチの仕方はまったく違うんですが、服に関して精神的なことを捉えているという考え方は根っこが一緒だなと思いました。

「伝統芸能は若い時からたくさん見ることが大切。見たものが自身の血となり肉となる」─小川さん

4. 継承と更新 ―伝統を未来へつなぐために

中野 最後のテーマは「継承と更新」です。伝統文化の継承と聞くと絶えず守り続ける話のように聞こえますが、ここまでのおふたりは「壊しては作り直す」ような連続だったように感じます。伝統を未来へつなぐために、何を残し、何を変えていくべきだとお考えでしょうか。

©Yuya Furukawa

小川 たとえば、『国宝』は伝統文化である歌舞伎の話ですので、基本的に伝統から大きく変えた衣裳はありません。でも映画として「ここは真っ白の衣裳がよい」という場面では、歌舞伎にないものでしたのでデザインしてつくったこともありました。ただ、着物としての形は変えていません。

一方で『キル・ビル』のルーシー・リューが着ていた着物は洋服に近い発想のものです。おはしょりなども作らず、黒い半襟にして、彼女がドレスとしても解釈できるようなデザインにしました。

仕事によって、基本を崩さないものから崩すものまであります。 特に私の仕事は私から発するものではなく脚本があってのものですので、脚本に導かれるものに沿って作っています。

コシノ 私は伝統文化を大切にしながらやってきました。若い時から私が持っている美意識はやっぱり歌舞伎。なので『国宝』を見たときに、あらためて歌舞伎は日本の宝だなと思いました。

人間が美しく見えたり、その人が持っているよいものが出てくるような人に寄り添ったデザインが好きで、それが私の使命だと思っているんです。世の中を変えてやろうというよりも、素敵な人間をたくさん作っていく方が私にとって大切です。

1978年にローマでコレクションを発表した際は「着物」という日本のコンセプトで、私らしい誰にもできないことをやりました。それをずっとやっていくために、自分の生活環境も変えたんですね。

当時は無名に近かった建築家の安藤忠雄さんに芦屋の山の中に家を建ててもらい、日本の四季の美しさを常に生活のなかで感じられる環境を作りました。まぁ、その家は冬が本当に寒くて、とても暮らしていけないような家だったんですけれど (笑)。

今回の継承というテーマで考えていくと、私が子どもの時に感じた感動や美しさは環境や育ちのなかからくるものだと思っているんです。

それをさまざまな形でいまの若い人たちに見てもらって、次の未来に対して働きかけていかなきゃいけない。今回の展覧会は、そこが一つの大きな目的でもあります。

中野 コシノさんは半世紀ものあいだ、第一線に立たれてきたと思うんですけれども、これだけは手放さなかったというものはありますか。残すものと変えるものとの境界線はどう判断されていらっしゃいますか。

コシノ 伝統でよいものはそのまま残していくと思うのですが、人々の気持ちは時代によってどんどん変わってくると思います。その変化にどのように新しいものをミックスさせていくかが大事です。

1つの思想で表現するっていうのではなくて古い伝統的なものを土台にしながら、そこに新しい時代性を組み合わせて、いままでになかった新しいものを作っていくのがデザインの使命だと思うんですね。

捨てるというよりは、自分の世界の中で最大限に生かしていくということが必要だと思います。 生かすためには何が必要かというと、現代の自分の持っている感性と思想が必要なんですね。 それによって、古いものが新しくなり、継承も更新もできる。 そういう考え方はいまでも変わらないし、今後もそういう気持ちで古いものも大切にしていきたいなと思っています。

中野 ありがとうございます。 小川さんにお聞きしますが、衣裳デザイナーの世界は徒弟制みたいなものはないのでしょうか?

小川 それはないですね。 もちろんアシスタントとして一緒に働いてもらって、私の仕事のやり方を見るということはありますが、徒弟制度とは違います。

コシノさんがそうだったように伝統芸能は、若い時からたくさん見るということが私も何より大切だと思います。見たものが自身の血となり肉となる。それを消化した後に、いまの時代の空気感と一致したものが出てくると思うんですね。“知る”というのは非常に大事なことです。

中野 今日のおふたりのお話から見えてきたのは、“美意識”というのは時代ごとに選びなおされる感覚があるということです。 伝統というものは過去にあるのではなく、それを受け取った人間がいま何を残して、何を変えるかを認めていく、その判断のなかに生きているのだな、というふうに感じました。本日はありがとうございました。

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■(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―
会期/2026年5月26日(火)~7月26日(日)
会場/東京都現代美術館 企画展示室 B2F
開館時間/10時~18時(入場は閉館の30分前まで)
休館日/毎週月曜日
観覧料/一般 2,200円、大学生・専門学校生・65歳以上 1,500円、中学・高校生 800円、小学生以下 無料 ツインチケット4,000円(一般2枚)
tel.03-5245-4111
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東京都江東区三好4-1-1

東京都現代美術館

編集・文=井本茜(婦人画報編集部)

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