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白黒の円盤を回すだけで赤や緑が見える――200年の謎に新たな手がかりを発見

  • 2026.7.22
白黒の円盤を回すだけで赤や緑が見える――200年の謎に新たな手がかりが発見
白黒の円盤を回すだけで赤や緑が見える――200年の謎に新たな手がかりが発見 / Credit: Zureks / Selket / Ambuj.Saxena, Public Domain, via Wikimedia Commons

日本の自然科学研究機構 基礎生物学研究所(NIBB)で行われた研究によって、白黒だけで描かれた回転する円盤から、ありもしない色が現れる現象について、興味深い研究結果が発表されました。

この現象は200年ちかくも正体が捕まっていない、視覚の古い謎として知られています。

研究ではそのヒトにはおなじみの錯覚を、予測だけするAIにみせたところ、人間で確認されたクセに似た結果が得られたことが示されました。

研究者たちは「この錯視には、目に映る光をそのまま受け取るだけでなく、脳が次を予測する働きも関わる可能性を示すものだ」と考えています。

私たち自身がいま見ている色は、本当に”そこ”にあるのでしょうか。

それとも、脳が見せている予測なのでしょうか。

研究内容の詳細は2026年6月16日に『Scientific Reports』にて発表されました。

目次

  • 白と黒しかないのに、色が浮かぶ不思議な円盤
  • 白黒の回転円盤にAIも色を見出していた
  • なぜ「動く物体」が、そんなに幅を利かせるのか

白と黒しかないのに、色が浮かぶ不思議な円盤

https://nazology.kusuguru.co.jp/wp-content/uploads/2026/07/7ca3357c85325822d54c5cfb6dd5d637.mp4

白と黒だけで塗られた、模様つきの円盤があります。塗料は二色きり。赤も青も、どこにも使われていません。

ところが、これをコマのようにくるくると回してみると、不思議なことが起こります。

白と黒しかなかったはずの円盤の上に、うっすらと赤や青や緑が、ふわりと浮かび上がって見えるのです。

回すのをやめて円盤を止めると、色はすっと消え、また元の白黒に戻ります。

はじめて見た人は、たいてい目をこすります。そんなはずはない、と。なにしろ円盤には、色のインクが一滴も使われていないのですから。

それなのに、色が見える。しかも気のせいでは片づけられないくらい、はっきりと見えるのです。

この不思議な色には「主観色」と名前がついています。

目に本当に届いている色ではなく、私たちの視覚が自分で勝手に作り出している色、という意味です。

いってみれば、脳が見せてくる”幽霊の色”のようなものです。

しかもその色の出方には、几帳面なクセがあります。

一つ目は、場所によって色が変わること。内側と外側の弧とでは色が違います。
二つ目は、回す向きで色が入れ替わること。
三つ目、白地に黒ではなく、黒地に白にすると、色の位置がひっくり返ります。

そして、色をきれいに見るには、回す速さにもコツがあります。

ただやみくもに速く回せばいいわけではありません。

だいたい毎秒5回から10回転あたりの速すぎず遅すぎない、ちょうどいいリズムのときに、色がもっともはっきり立ちのぼるのです。

そして、この幽霊がやっかいなのは、200年ちかくも正体が捕まっていないことです。

「なぜ白黒から色が生まれるのか」この問いは、ベンハムのコマとして有名になるより前から、多くの研究者を悩ませつづけてきました。

原因が目の網膜だけで説明できるのか、それとも脳の高次の視覚野も関わるのか、明確な答えは出ていませんでした。

そこで今回、研究者たちは、あるユニークな手段をとってみました。

このコマを、AIに見せてみたのです。

白黒の回転円盤にAIも色を見出していた

白黒の回転円盤にAIも色を見出していた
白黒の回転円盤にAIも色を見出していた / 回転している右側を止めると、色などついていないことがわかります/Credit: Zureks / Selket / Ambuj.Saxena, Public Domain, via Wikimedia Commons

AIは白黒のベンハムのコマを、どう見ていたのか。

研究者たちは、次の画像を予測するのに特化したAI(PredNet)を用い、ベンハムのコマを見せてみました。

このAIはChatGPTのような汎用AIではなく、次の瞬間の画像予測に特化しています。

まず、止まったコマを見せてみます。

このときは予想通り、AIが「次はこうなるはず」と描く予測画像にも、ほとんど色は現れませんでした。

ところが、コマを回して見せたとたんAIが描いた予測画像の、まさに弧の部分に、淡い色がふわりとにじみ出たのです。

しかも、本当に驚くべきはここからです。その色の出方が、人間そっくりの、あの几帳面なクセを持っていたのです。

一つ目は、場所によって色が変わること。内側と外側の弧とでは色が違います。
二つ目は、回す向きで色が入れ替わること。
三つ目、白地に黒ではなく、黒地に白にすると、色の位置がひっくり返ります。

ベンハムのコマをはじめて見る予測AIが、三つともそっくり再現してみせたのです。

AI訓練させる際には特に色については言及せずに、ただ「次の映像を当てなさい」と鍛えただけでもこうなってしまったのです。

まるで、人間の錯覚のクセの一部が、AIに”うつった”かのようです。(※研究チームは、この人工的に生まれた色を「人工主観色」と名づけました。)

この結果は、網膜のような特別な仕組みを組み込まなくても、「次を予測する」という働きから色が生じうることを示しています。

ではなぜAIも色を予測したのでしょうか?

白黒のベンハムのコマから、予測するAIが色を生み出すイメージ
白黒のベンハムのコマから、予測するAIが色を生み出すイメージ / Credit:白黒のコマになぜ色が見えるのか ―200年の謎に、予測するAIが新たな手がかり―

答えを得るため研究者たちは、AIが学習した動画の中身を調べました。

AIは、「白黒のコマから色を出せ」とは教わっていません。

にもかかわらず弧に赤や青をにじませた。

ということは、その色のもとになった”何か”が、訓練のあいだにAIの中へ入り込んでいたはずです。

犯人は、AIが見せられていた訓練動画のどこかに潜んでいると考えるのが自然です。

そこで研究者たちは、AIに見せる訓練動画の”中身”を、少しずつ単純にしていきました。

すると、面白い変化が見えてきました。

いろいろな物が雑多に写る、人が歩きながら撮った自然な動画で育てたAIも、たしかに人間と同じような色を出しはしました。

ただし、その色は淡く、ばらつきも大きいものでした。いろんな色の物がごちゃまぜに動くので、AIの覚える”色のクセ”も、あちこちに分散してしまうのです。

コンピューターグラフィックスで作った「街を歩く人物」の3D動画で育てたAIになると、色はもう少し鮮明になりました。

雑多さが減った分だけ、色のクセが揃ってきたのです。

そして、映像を極限までそぎ落とし、ちらちらと色の変わる背景の中を、赤・緑・青のいずれか一色の四角形がただ動くだけの動画で訓練したAIが、決め手となる反応を見せました。

赤い四角形を見せて育てたAIは、白黒のコマの弧に、その赤に対応する色を強く出したのです。

緑や青の四角で育てたときも、学習した色に対応する色が現れる傾向が見られました。

ただし青のときは、出る色のばらつきも大きくなりました。

以上の結果から、訓練動画の中で「動いていた物の色」が、AIの見る幽霊の色を強く左右していたことがわかってきました。

ただし、話はここで終わりません。研究チームは続いて、この色を生む大もとの仕組みそのものに迫っていきます。

なぜ「動く物体」が、そんなに幅を利かせるのか

なぜ、静かに写っている背景の色ではなく、わざわざ「動く物体」の色が、こんなに強く効いてくるのでしょうか。

研究チームは、こう考えています。

画面のある一点で、何が起きているかを追ってみます。動く物体がそこを通り過ぎる瞬間、その一点の明るさや色は、めまぐるしく移り変わります。さっきまで背景だったのが、急に物体の色になり、また背景に戻る。

じつはこれ、「次を当てる」のが仕事のAIにとって、いちばん手こずる、やっかいな相手なのです。

じっと動かない背景は、次も同じだろうと高をくくれます。予測は楽です。ところが動く物体は、いつ、どこを、どんな色で横切るか分からない。油断できません。

だから予測AIは、いきおい動く物体のほうに神経を集中させ、その扱いを必死に勉強することになります。

そして「こういう動きのときは、こういう色が来る」という結びつきを、深く、しつこく覚え込むのです。

すると、白黒のの明滅のリズムを浴びたAIは、それを「見覚えのある、色を持った動く物体」と勘違いしてしまい、さんざん覚え込んだはずの色を、その白黒の弧の上に、うっかり重ねてしまうのです。

言い換えれば、AIは白黒の弧を、これまでの経験にもとづいて「色のついた動く物体」のように扱ってしまったわけです。

幽霊の色とは「この動きには、この色」という学習が、白黒のコマを前にして、つい漏れ出てしまったもの——そう考えることができます。

真犯人は「回転」ではなかった

ここまでの話は、すべて「回るコマ」が舞台でした。回転するから、弧が明滅する。明滅するから、AIが色を出す。筋は通っています。

でも、研究グループは、最後にもうひとひねり加えます。

ほんとうに”回転”が色を生んでいるのか、それとも回転はただの脇役なのかを確かめるため回転を、まるごと取り除いてみたのです。

用意したのは、回りもしない、じつにそっけない刺激でした。

まず黒一色の画面。つぎに、白い画面の上のほうへ黒い横線を数本ぱっと引き、続いて下のほうへ数本ぱっと引きます

上、下、上、下と、線が現れては消えるだけ。円盤もなければ、回転もどこにもありません。

ただし、一つだけ受け継いだものがあります。明るさが入れ替わる時間的なリズムだけは、ベンハムのコマとそっくり同じに保ってあるのです。

いってみれば、回るコマをハサミで切り開いて、まっすぐに伸ばしてやったような刺激です。

この点滅する線を、訓練済みのAIに見せるとやはり、色が出ました

そして点滅の順番を逆さまにすると、色もきれいに入れ替わったのです。

回るコマで見られた「逆回しで色が反転する」あのクセと、まったく同じことが、回転なしで起きました。

私たちが「回転が色を生んでいる」と思い込んでいたその現象、じつは踊っていたのは回転そのものではありませんでした。

真犯人は、目に届く明暗が刻む「拍子」のほうだったのです。回転は、ちょうどよいリズムの拍子を生み出すための、いち手段にすぎませんでした。

このAIに生じた人工主観色は、「赤い四角の色」といった特定の記憶が、そのまま焼き付いたものではありません。

もっと一般的な、「明暗の拍子と、色との結びつき」を、AIが日々の映像経験のなかで学び取った結果として現れるのです。

私たちが暮らしのなかで浴びている映像には、じつは「こういう明暗の移ろいのときは、たいていこういう色である」という統計的な傾向が、そこかしこに埋め込まれています。

次を予測する仕組みは、その傾向を、知らず知らずのうちに学んでしまう。

そして白黒のコマは、その学んだ賭けを、うっかり漏らしてしまっているのかもしれない、というわけです。

ただ今回の結果が即人間にも同じように当てはまるかは、まだわかりません。

今回わかったのは、「AIがこう振る舞うのだから、脳も絶対こうに違いない」という断定ではなく、「脳の予測という働きを考えるための、新しい手がかりが得られた」ということです。

それでも、この研究が差し出す視点の転換は、なかなかに刺激的です。

幽霊の色は、目にあるのか、脳にあるのか、という問いに対して、「次を予測する」脳の働きが、網膜での処理に加えて関わって生まれてくる可能性が見えてきたからです。

そして、この見方は、もうひとつ大きな問いへと私たちを連れていきます。

もし、あの色が「これまで浴びてきた映像で、その拍子に一番よく伴っていた色」から生まれるのだとしたら私たちひとりひとりが見る色は、その人がこれまで見て育ってきた”色の環境”に、静かに左右されているかもしれない、ということになります。

これは今後、人間で確かめるべき課題と言えるでしょう。

200年ものあいだ研究者を惹きつけてきたこの問いに、**答えを教わってもいないAIが、予測を学んだだけで、色を教わらないまま、人間で見られるクセに辿り着いた。**

この結果は、視覚の謎を解く重要な手がかりになるはずです。

参考文献

白黒のコマになぜ色が見えるのか ―200年の謎に、予測するAIが新たな手がかり―
https://www.nibb.ac.jp/press/2026/07/17.html

元論文

Predictive networks generate motion-induced color illusions
https://doi.org/10.1038/s41598-026-57953-w

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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