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《上野動物園のパンダ舎が間もなく解体》約40年間の歴史に終止符……パンダたちが登った樹木や愛用した遊具はどうなる?

  • 2026.7.18
解体される、上野動物園東園の旧パンダ舎。(2026年6月30日、筆者撮影)

ジャイアントパンダがいなくなって、7月27日(月)で半年となる上野動物園。約40年前に建設され、計10頭のパンダが暮らした、東園にある旧パンダ舎の解体が間もなく始まる。老朽化のためだ。同園を所管する東京都は、解体する工事会社を決める希望制指名競争入札を実施して、7月16日(木)に開札。鈴木工業(東京都板橋区)が1億1297万円(税込み)で落札した。予定価格は1億3955万7000円(同)で、落札率は80.9%だった。

解体は「上野動物園正門前広場周辺再整備準備工事」として都が発注。解体の対象は、旧パンダ舎(面積約289.01㎡)、旧放飼場・観覧通路、旧機械室(約50.04㎡)、旧竹庫(約27.15㎡)となっている。発注内容には、このほか、解体前の樹木の移植・伐採工事と仮設搬入路の増設工事、既存の配線・配管の切り回し工事も含まれる。

工事の履行期間は、契約確定の日の翌日から2027年2月5日まで。工事が本格的に始まれば、旧パンダ舎は工事用の囲いで覆われ、見えなくなる可能性がある。

実は、旧パンダ舎の解体は、もっと早く始まる可能性があった。都は2025年に「上野動物園旧パンダ舎・仮設門解体工事」、造園関係の「上野動物園旧パンダ舎移植工事」を発注する計画を立てていた。

だが、旧パンダ舎と仮設門は近接していて、一帯が工事だらけになるため、先に仮設門の解体工事だけを発注。2025年10月9日に開札して、御幸工業(東京都府中市)が2187万9000円(税込み)で落札した。予定価格は2435万700円(同)だった。

仮設門は2018年から使われていた。表門を解体して、正門を整備するまでの間だ。現在、仮設門の解体は終わっており、ついに旧パンダ舎の解体が始まる。

左は東園旧パンダ舎のエントランス、その隣の青い囲いの反対側に仮設門があった。右は正門。(2026年6月30日、筆者撮影)

1988年に完成して、トントンたちが入居

解体される東園の旧パンダ舎は、上野動物園の「第2代パンダ舎」だ。「初代パンダ舎」は1973年3月末に完成した。初めてパンダが来た1972年10月28日よりも遅いのは、同年9月29日の日中国交正常化によるパンダの来日決定から約1カ月しかなく、パンダ舎の建設が間に合わなかったため。中国から来たランラン(蘭蘭)とカンカン(康康)は、パンダ舎ができるまで、改造されたトラ舎で暮らした。

初代パンダ舎は老朽化し、また、トントン(童童)が生まれ育って狭くなったため、初代パンダ舎の近くに、第2代パンダ舎が1988年4月11日に完成した。資金面では、日本宝くじ協会の助成を受けている。『つなぐ――上野動物園ジャイアントパンダ飼育の50年』によると、最初に引っ越したのはオスのフェイフェイ(飛飛)と娘のトントンで、完成から2日後の4月13日に入居。メスのホァンホァン(歓歓)は、同年6月23日に出産した息子のユウユウ(悠悠)と一緒に、翌年の1989年3月13日に引っ越した。

後にリンリン(陵陵)もこのパンダ舎で暮らしたが、リンリンが2008年4月30日に息を引き取ると、ジャイアントパンダがいなくなった(レッサーパンダを入れていたことはある)。

屋外放飼場の樹木は残す

その後、パンダが再び来園すると決まったため、都はパンダの受け入れに向け、パンダ舎の内装や設備を改良する改修工事を2010年10月1日に開始した。2011年1月には、中国から来日した担当者の指摘に対応。例えば、運動場(屋外放飼場)の壁面からパンダが脱出する危険を指摘され、全ての運動場の壁面に上下2カ所の電柵を設置した。こうした対応の結果、検査・検収は合格となり、改修は1月末に完了した。

改修では、竹林をイメージしたエントランスも整備して、新たにタイル製の5頭のパンダをあしらった。隣には、石造りの通称「逆立ちパンダ」を設置している。逆立ちパンダは、このパンダ舎が建設された1988年から上野動物園にあり、改修で目につきやすくなった。

竹林をイメージしたエントランス。パンダがいなくなってから、この先は立入禁止。(2026年6月30日、筆者撮影)
左:タイル製の5頭のパンダ。右:石造りの通称「逆立ちパンダ」。(2026年6月30日、筆者撮影)

最後にシャンシャンがいた状態のまま

東園の旧パンダ舎で最後に暮らしたパンダはシャンシャン(香香)。シャンシャンは2023年2月21日に中国・四川省へ旅立った。以来、ここは立入禁止となり、基本的にシャンシャンが最後に過ごした状態のままで、「特に大きく手を加えていることはありません」(上野動物園の金子美香子副園長)。

都によると、解体工事では、タイル製の5頭のパンダは解体する予定だが、逆立ちパンダは保存する。逆立ちパンダをどこで、どのように保存したり活用したりするかは未定だ。屋外放飼場のやぐら、ハンモックは解体する予定。シャンシャンは、やぐらの上ですやすやと眠ったり、ハンモックでくつろいだりしていたこともある。

屋外にはパンダたちが登った樹木もある。これらを含む屋外放飼場の樹木は「解体工事に影響がなさそうなので、手を付けずに、その場に残す予定です」(東京都建設局の担当者)。一方、解体工事で必要な搬入路を仮設する際に支障となる樹木は移植、または一部の不健全な樹木は伐採を予定している。

パンダたちが愛用したやぐらやハンモックは、切り分けて返礼品にし、支援金を獣舎の整備費や動物のえさ代にするクラウドファンディングを実施すれば、多くの資金が集まるのでは……と筆者は想像するが、上野動物園によると、その予定はない。同園はクラウドファンディングを導入しておらず、資金提供で応援してくれる人には「ジャイアントパンダ保護サポート基金」や「動物園サポーター」制度の活用を求めている。

シャンシャンとネームプレート。(2023年1月21日、筆者撮影)
水場にもたれかかって竹を食べるシャンシャン。この水場も解体される見通し。背後の扉は老朽化しているのが分かる。(2023年2月19日、筆者撮影)

解体工事で、旧パンダ舎の各種アイテムは、どうなるのか。劣化具合にもよるが、パンダのネームプレートといった、取り外して持ち運べるものは保存して、何周年などの節目や「パンダの日」(パンダ初来園の10月28日)に展示する可能性もあるそうだ。

バックヤードには、シャンシャンの祖母で、シンシン(真真)の母のインイン(英英)の写真が貼られているのが、観覧通路から見えていた。この写真をどうするのかも上野動物園に尋ねたところ、写真に深い意味はないとのこと。光を遮るために、パンダの写真や、リーリー(力力)とシンシンの来園時に製作したポスターを飼育担当者が貼っており、たまたま観客から見える位置にインインの写真があったそうだ。

これらのほか、比較的大きな構造物でも、状態によっては残される可能性がある。風雨にさらされた屋外のやぐらやハンモックと違い、例えば、屋内の木組みなどは、全部は難しくても、一部を取り外すなどして残すことはできるかもしれない。「残せるものがあれば残すことも、選択肢の一つとして考えています」(金子副園長)。何を残すか残さないかは、前述のアイテム類も含め決まっておらず、上野動物園は今後、旧パンダ舎の屋内外を確認して、検討する予定だ。

東園の旧パンダ舎は、正門を入ってすぐの好立地に位置する。跡地には、既報の通り、動物園ホールが建設される予定だ。動物園ホールは、かつて西園にあったが、耐震化のため2014年に閉鎖後、解体となっており、園内にない状況が続いている。

東園旧パンダ舎の屋外放飼場。パンダの特徴を紹介するパネルが柱に残っている。(2026年6月30日、筆者撮影)
目隠しの上やすき間から、東園旧パンダ舎の建物や屋外放飼場が、わずかに見える。(2026年6月30日、筆者撮影)

西園のパンダがいたエリアで電動小型カートが運行開始

木組みをくぐるシャンシャン。(2023年2月19日、筆者撮影)

シャンシャンがいなくなると、上野動物園のパンダ飼育の舞台は、完全に東園から西園へ移った。都は2020年に西園でパンダ舎を新設しており、リーリーとシンシンは同年8月24日に東園からそこへ引っ越した。一方、シャンシャンは同じ年に中国へ渡る予定だったので東園に残った(コロナ禍で渡航は延期)。ちなみにシャンシャンは、2022年7月の約1週間だけ、西園パンダ舎で暮らしたことがある。東園パンダ舎(現在は旧パンダ舎)で空調機器が老朽化して、空調工事をしたためだ。

2021年6月23日、西園パンダ舎で双子のシャオシャオ(暁暁)とレイレイ(蕾蕾)が誕生。双子が2026年1月27日(火)に中国・四川省へ向け出発し、日本を離れると、日本からパンダがいなくなった。

西園では、パンダがいたエリア一帯を1周する、電動小型カートの本格運行が6月23日(火)に始まっている。運行するエリアは、カートに乗らなければ、通ることができない。乗車するには、事前にウェブで申し込む整理券が必要で、すぐ満席になることもある。

カートは、パンダがいた屋外放飼場の前を通る。次のパンダの飼育に向け整備された、やぐら状の構造物も見ることができる(参照:「リーリーは比較的すぐ…シンシンは時には装置を」上野動物園がパンダの個性に合わせて取り組んだ飼育方法とは?)。一部のエリアには、リーリーとシンシンの実物大パネルが設置されている。

カートは、パンダを飼育した建物の裏手も通る。パンダがいた頃は関係者以外、立入禁止だったエリアだ。ここでは、世界中から上野動物園にやってきた動物たちを年表形式のパネルで紹介。さらに、ずらりと並ぶ空調設備も見ることができ、暑い日でもパンダが快適に過ごせるように管理されていたことが分かる。

再びパンダが来れば、住みかは西園となる。役目を終えた東園の旧パンダ舎(第2代パンダ舎)では、これまでにフェイフェイ、ホァンホァン、トントン、ユウユウ、リンリン、シュアンシュアン、シンシン、リーリー、オスのパンダ(命名前に死亡)、シャンシャンの計10頭が暮らした。これらのパンダを観覧した人は多い。パンダ舎がなくなっても、ここを訪れ、パンダを観覧した思い出は残るだろう。

左:西園でシンシン、シャオシャオ、レイレイが過ごしたエリア。シンシンの実物大パネルを設置。右:手前の通路をカートが運行。歩行はできない。右手のパンダがいた建物は閉鎖されている。(2026年6月30日、筆者撮影)
左:西園でリーリー、シャオシャオが過ごしたエリア。リーリーの実物大のパネルを設置。右:パンダがいなくなった後に整備された、やぐら状の構造物。(2026年6月30日、筆者撮影)
左:手前の通路をカートが運行する。右:リーリーとシャオシャオが雨宿りなどに使っていた洞穴。(2026年6月30日、筆者撮影)
左:パンダがいた頃は立ち入ることができなかったエリア。反対側はパンダの屋外放飼場。右:空調設備が並ぶ。(2026年6月30日、筆者撮影)
左:「竹庫」の表示。竹庫では、竹を新鮮に保管するため、湿度に応じてミストを噴射。右:「管理モニタ室」「仮眠室」「調理室」の表示。調理室では、パンダ団子など、竹以外のえさを準備する。(2026年6月30日、筆者撮影)
「保育室」「治療室検査室」の表示。保育室では、子どものパンダの検査のほか、母子の状況に応じて人工哺乳や保育器での人工哺育も行う。(2026年6月30日、筆者撮影)
左:1972年のジャイアントパンダ初来園を紹介するパネル。右:2020年の「パンダのもり」完成を紹介するパネル。(2026年6月30日、筆者撮影)
上野動物園にいたパンダたち。(2026年6月30日、筆者撮影)

中川 美帆(なかがわ みほ)

パンダジャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(4カ所)、中国本土(17カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、オーストラリア、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著に『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)がある。
@nakagawamihoo

パンダワールド We love PANDA

定価 1,650円(税込)
大和書房

文・撮影=中川美帆

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