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是枝裕和の最新作『箱の中の羊』を鑑賞。息子を亡くした悲しみや葛藤をともに乗り越え、前に進もうとする夫婦の姿を描いた感動作!

  • 2026.7.8

2026年5月29日より全国公開された『箱の中の羊』は、綾瀬はるかさんとお笑いコンビ・千鳥の大悟さんを主演に迎え、大切な家族を失った夫婦の喪失と再生を描いた作品。公開後、SNSやレビューサイトなどで多くの反響が寄せられた本作の魅力を紹介(以下、ネタバレを含みます)。

映画『箱の中の羊』のメイン写真 (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
映画『箱の中の羊』のメイン写真 (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

【ストーリー】

息子を亡くして2年、建築家の音々(綾瀬はるかさん)と工務店の二代目社長を務める健介(大悟さん)の甲本夫婦は、息子・翔(桒木里夢さん)の姿をしたヒューマノイドを迎え入れることになる。

彼が到着してすぐ、「おかえり」と駆け寄り、喜びを隠さない音々と、戸惑いを隠せない硬い表情の健介。

音々はヒューマノイドを「翔」と呼び、ヒューマノイドは「ママ」と返す。ヒューマノイドの翔から「パパだよね?」と問いかけられた健介は、「おじさんでええよ」と答えるのだった。

息子を亡くしてから止まっていた夫婦の時間は少しずつ動き始めるが、ある日予期せぬ事態が起こり、二人がそれぞれに抱く息子の死への想いが露わになっていく。

そんな中、ヒューマノイドの翔は密かに同じヒューマノイドの仲間たちとつながり始めるのだった…。

【写真】息子を亡くし、ヒューマノイドを迎え入れた音々(綾瀬はるかさん)と健介(大悟さん)の甲本夫婦 (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
【写真】息子を亡くし、ヒューマノイドを迎え入れた音々(綾瀬はるかさん)と健介(大悟さん)の甲本夫婦 (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

息子を亡くした夫婦を演じる綾瀬はるかと大悟の繊細な芝居に注目!

『万引き家族』(2018年)から8年、再び是枝裕和監督のオリジナル脚本による日本映画が完成した。

最新のテクノロジーで“亡き人をよみがえらせる”という発想が企画の出発点の本作は、子どもを亡くした夫婦が、息子とそっくりの姿をしたヒューマノイドを迎え入れ、息子の死と再び向き合っていく姿を描く。

本作で綾瀬はるかさん演じる妻の音々は、2年前に亡くなった息子そっくりのヒューマノイドを迎え入れた初日から翔(息子の名前)と呼び、母親のように接する。そんな音々の姿から、まだ息子の死を受け入れられていないことが伝わってくる。

筆者には子どもがおらず、大切な子どもを亡くした音々の気持ちを心から理解することはできない。ただ、音々の姿を見て、昔、実家で飼っていたゴールデン・レトリバーを亡くしたときのことを思い出した。その子は病気で亡くなったのだが、3年以上はペットロスが続き、母親はもう二度と犬を飼うことはないと言っていた。

それが我が子だったとしたら、2年経ったぐらいで心に空いた穴が埋まるはずがなく、もしも同じ姿形をしたヒューマノイドと一緒に暮らせるのであれば喜んで迎え入れるだろうと、音々の心情を想像した。

物語の前半で印象に残ったのは、ヒューマノイドの翔がやってきた日の夜、就寝前に音々が翔に「おかえり」と繰り返し言うシーン。たとえ本物の翔ではなくても、「おかえり」と言えることがどれだけ幸せだっただろう…。とても短いシーンではあるが、音々の声にはうれしさと切なさが絶妙に入り混じっており、綾瀬さんのお芝居に一気に心をつかまれてしまった。

建築家の甲本音々(綾瀬はるかさん)とヒューマノイドの翔(桒木里夢さん) (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
建築家の甲本音々(綾瀬はるかさん)とヒューマノイドの翔(桒木里夢さん) (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

大悟さん演じる健介は、ヒューマノイドの翔に「わしは君のパパではない。おじさんでええよ」と伝え、パパ呼びされることを拒否する。ところがある日、江ノ電の駅名がスラスラと出てくるヒューマノイドの翔に生前の息子の姿を重ね、健介は楽しくなって、ついはしゃいでしまう。

その直後、健介は家を飛び出し「(ヒューマノイドの翔は)ルンバや…」と呟くのだ。そんな健介の姿を見ると、ヒューマノイドの翔に心を開きそうになった自分が嫌になり、あくまでも距離を置こうとしているのがわかる。ヒューマノイドの翔に対する態度が、夫婦でまったく違うところが興味深かった。

筆者は大悟さんのお芝居を本作で初めて見たのだが、一歩間違えば観客に嫌な印象を与えかねない健介を、魅力的な人物として演じていたので驚いた。是枝作品への出演は大きなプレッシャーもあったと思うが、表情やセリフの言い方などから、きっちりと役作りをして挑んでいるのが伝わった。

(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

後悔やトラウマと向き合い、苦しみを乗り越えていく夫婦の姿が胸を打つ

物語の途中で、音々と音々の母・信代(余貴美子さん)が不仲であることが明かされる。2年前、翔は事件性の疑いのある事故に巻き込まれて亡くなったのだが、実はその日、信代が甲本家を訪れており、おそらくそれが理由で、音々は翔のお迎えを健介に頼んでいた。

ところが、健介はあることが理由で翔を迎えに行くのが遅くなってしまい、迎えに行ったころには翔の姿はなかった。そして事故に遭って亡くなってしまったのだ。

翔の死後、音々は心のどこかで信代を責め、健介は自分を責めながらずっと後悔して生きてきた。その事実が明らかになったとき、音々と健介のヒューマノイドの翔に対する態度の違いに納得がいった。

(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

音々は子どものころ、信代から「お母さんやめる」と言われた経験があり、そのことが音々にとって大きなトラウマとなっていた。ヒューマノイドの翔がやってきたあとも、音々は信代と言い合いをし、少しずつ情緒が不安定になっていく。そんな中、イライラが溜まっていた音々は、ヒューマノイドの翔に「ママやめるから」とつい言ってしまうのだ。

このシーンの音々とヒューマノイドの翔のやり取りには鳥肌が立った。音々のことをすべて見透かしているかのような発言をするヒューマノイドの翔を見事に体現した里夢くん、そしてヒューマノイドの翔に心をのぞかれたような感覚になり、思わず「ママやめるから」と冷たく言い放つ音々を、細やかな芝居で見せた綾瀬さんが本当に素晴らしかった。

物語の後半で、ヒューマノイドの翔は、「世の中のほとんどのお母さんが『お母さんやめる』と子どもに言う」と音々に伝え、「だから(翔が亡くなったのは)ママのせいじゃない」と優しい言葉をかける。音々はこの言葉にどれだけ救われただろうかと想像して涙が止まらなかった。

(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
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早稲田大学で行われた是枝監督の「マスターズ・オブ・シネマ」で、人間の姿をしたヒューマノイドを登場させた意図について質問された監督は、「ヒューマノイドそのものではなく、ヒューマノイドを求めてしまう人間を描いている」と答えている。

本作を観終わると、この言葉の意味がよくわかる。心がない(と劇中でヒューマノイドのエンジニアがそう説明している)ヒューマノイドの翔と触れ合い、会話をすることで、逃げてきたことと向き合わざるをえない状況に陥り、次第に癒やされていく音々と健介。ヒューマノイドというSF設定がありながらも、夫婦の心情の変化を丁寧に見せていくことで、とてもリアリティのある物語として楽しめた。

ラストは、二人が前に向かって歩き出しているような、希望を感じさせてくれるシーンになっているのもよかった。

(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
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家族や夫婦の在り方について考えさせられ、大切な人を亡くした人に優しく寄り添ってくれる本作。まだご覧になっていない方はもちろん、鑑賞済みの方もぜひ再度鑑賞してもらいたい。

(C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
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文=奥村百恵

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