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「また子ども預かってよ」と言い自分は遊び歩く知人。だが、友人が引いた一線で状況が一変

  • 2026.7.5
「また子ども預かってよ」と言い自分は遊び歩く知人。だが、友人が引いた一線で状況が一変

当然のように子を預ける知人

私の友人には、たびたび子どもを預けてくる知り合いがいました。

その人は幼いわが子を放って、しょっちゅう遊びに出かけていました。

行き先は友人の家。

子どもを置いて、当たり前のように言うのです。

「また子ども預かってよ」

友人はいつも困っていました。

それでも「子どもが一人になったら可哀想」と思うと、どうしても断れなかったのです。

気づけばその回数は、多い週で3回。

仕事帰りの友人が、自分の時間を削って幼い子の世話をする日々でした。

ある日、遊びに来ていた私はその光景を目にしました。

「ごめんね、また急に」と子を置いて出ていく知人を、友人はただ見送るだけ。

「あれ、断らないの?」私が尋ねると、友人は力なく笑いました。

「だって、あの子が可哀想でしょ」と。

聞けば、友人はその子のために自分の予定をキャンセルしたことも、一度や二度ではないそうです。休日に出かける約束をしていても、急に「預かって」と連絡が来れば、すべてを後回しにしてしまう。

それなのに知人は、迎えに来る時間もどんどん遅くなっていました。

「ありがとう」の一言すらない日もあったといいます。

友人が引いた、一本の線

私はどうしても納得がいきませんでした。可哀想なのは、放っておかれる子どもだけではありません。

都合よく使われる友人だって、同じくらい可哀想だったのです。

「あなたが倒れたら、あの子はもっと可哀想だよ。無理なものは、無理って言っていいんだよ」

友人はしばらく黙っていましたが、やがて小さくうなずきました。

次に知人が子を連れてやってきた日。

「今日もお願いね」と差し出された手を、友人は静かに、けれどはっきりと断りました。

「もう無理、預からない」

知人の顔から、へらへらとした笑みが消えました。

「え……なんで急に」と声が上ずります。

友人は続けました。「あなたの子でしょう。私の子じゃないの」と。

「でも、あなたじゃなきゃあの子が」と食い下がる知人に、友人は首を横に振りました。

「その言葉で、私はずっと断れなかったの。もう終わりにする」

知人は口をぱくぱくさせるだけで、言葉が出てきません。やがて気まずそうに目を伏せ、子どもの手を引いて帰っていきました。

その後、知人が友人を頼ることは二度とありませんでした。あれだけ頻繁だった遊びの誘いも、ぱたりと減ったそうです。

後日、友人から明るい声で連絡が来ました。「あの日、背中を押してくれてありがとう」と。すっきりした横顔が、電話越しにも浮かぶようでした。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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