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磯臭さと腐臭を放って近づいてくる化け物「ざんどぅま」とは? 集団心理の恐怖を描く比嘉姉妹シリーズ最大の問題作【澤村伊智 インタビュー】

  • 2026.6.23

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年7月号からの転載です。

現代ホラーを代表する人気作、「比嘉姉妹」シリーズの最新作『ざんどぅまの影』が刊行された。『ばくうどの悪夢』以来、約3年半ぶりとなる長編は、シリーズ始まって以来の過去編。沖縄出身の“凄腕のユタ”比嘉勝子が、得体の知れない化け物と対決する。勝子は比嘉琴子・真琴姉妹の祖母にあたる人物だ。

「1作目の時点で姉妹がユタと呼ばれる沖縄の霊能者の血を引いていると書いています。当時はポップカルチャーでよく見る設定として、あえて軽く流していたんですが、いずれきちんと向き合おうと思っていました。というのも僕の父方の祖父母は、戦前に沖縄から大阪に移住してきた人たちで、僕も沖縄がルーツの人間ではあるんです。祖父母は昭和30年代に苗字を変えていて、以前は具志堅という沖縄に多い姓だった。そうした個人的な事情と、比嘉姉妹のルーツ、そして昨今の社会情勢などが重なって、これは今書くべきだなと」

舞台は1980年代初頭の神奈川県P市Q区。明治時代から工業地帯として栄えたこの町には、沖縄から移住してきた人たちが数多く暮らしていた。移住者は町に溶け込み、ルーツや文化を隠すことなく生活している。移住者が差別された過去を乗り越え、共存の道を歩んでいるのだ。

「祖父母が移り住んだのは、大阪府の豊中市でした。あらためて聞く機会はなかったのですが、苦労もあったみたいです。沖縄から出てきたばかりの祖父母に親切にしてくれた内地の人とその家族を、ずっと恩人として慕っていましたが、裏を返せば他の内地人には差別されたということ。同じようなことは他の土地でもあっただろうと思います」

主人公の佐久間篤は23歳。1年前この町に流れ着いた彼は、行き倒れていたところを下井田恭介という住人に救われる。恭介の紹介でアパートを借り、新聞販売店と居酒屋で働き始めた彼にとって、Q区は初めて自分の居場所と感じられる町だった。そんなある日、彼は恐ろしいものに遭遇する。びしゃっという水音を立て、磯臭さと腐臭を放って近づいてくる化け物に……。

「海沿いの工業地帯の話なので、ストレートに海からやってくるお化けを登場させました。個人的に海はあまり得意じゃなくて、塩水のべたべたした感触とか、塩辛さも苦手なんですよ。具体的な元ネタはないですが、あえてあげるなら映画『ゴジラ対へドラ』に出てくる怪獣ヘドラですかね。へドラが広い平原に立っているシーンは、悪夢のような幻想性があって好きなんです」

謎解きの危うさを描くアンチホラーミステリー

その翌日、篤が働く居酒屋の客が自宅アパートで急死。死体はぐっしょりと水に濡れていた。化け物に触れられて以来、体調を崩した篤は「おばぁ」と呼ばれる人物を訪ねる。彼女こそ土地の人々に信頼されている凄腕のユタ、比嘉勝子だった。

「当初は孫の琴子によく似たキャラクターにする予定だったんですが、書いてみたら全然はまらなくて。むしろベタにいこうと“おばぁ”らしさを打ち出した人物になりました。『ONE PIECE』のDr.くれはに代表されるような、気が強くて頼りがいがある、魔女的なおばあちゃんキャラです」

勝子によって元気を取り戻した篤だったが、町では水浸しの変死者が相次いだ。「びしょびしょのお化け」に関する噂も広まり、町はぴりぴりした雰囲気に包まれていく。やがて篤は自警団の仲間、省三から気になる話を聞かされた。化け物の正体は、沖縄の人たちが崇拝する神・ざんどぅまだというのだ。それは果たして本当なのか。スリリングなホラーミステリーである本書は、一方で“怪異の謎解き”という行為がはらむ危うさを描いてもいる。

「アンチミステリーならぬ、アンチホラーミステリーですかね。自作がホラーミステリーに分類されがちなのは知っているんですが、超自然現象に因果関係を見出し、犯人役を指摘するというこのジャンルの構造には、普通のミステリー以上に差別意識や偏見が入ってきやすい。そこから目を背けて無邪気に楽しんでいていいんですか、という嫌味を一度書いておきたかった」

新たな犠牲者と加熱するマスコミの報道。町は疑心暗鬼に覆われ、篤もまた噂に飲み込まれてしまう。暴走する集団心理の怖さを扱った本書には、大きな影響を与えた先行作がある。昭和の特撮番組『帰ってきたウルトラマン』のエピソード、「怪獣使いと少年」だ。河原で暮らす貧しい少年が町の住人たちに宇宙人扱いされ、差別や暴力を受けるという衝撃作だ。

「とても有名なエピソードで、小学4年生くらいの時に衛星放送で見て、ものすごいショックを受けたのを覚えています。後年、切通理作さんの『怪獣使いと少年』という評論集を読んで、この回の脚本を手がけた上原正三さんが沖縄出身で、マイノリティへの差別の問題がテーマに深く関わっていることを知りました。気づけば僕が見てきた特撮番組のあれもこれも上原正三が関わっていて、知らず知らずのうちに大きな影響を受けていたんだなと。本書も上原正三に捧げているんです」

エモくて感動的な結末にはしたくなかった

ざんどぅまの出現によって、平和な町は大きく変わってしまった。篤は勝子とともに、ざんどぅまを退治し、混乱を収めることができるのか。シリーズ史上もっとも絶望的ともいえる本書の内容は、排外主義が広がる現代の世相とも響き合っている。誰もが本書の登場人物になりうることを、ある仕掛けとともに突きつけてくるのだ。

「世相を意識していたところは当然ありますし、危機感も抱いています。祖父母が苗字を変えざるをえなかったように、僕も石をぶつけられる日が来るんじゃないか。そう言える時点で、石を投げられたことのない人の感慨ではあるんですけど、不信感や怖さは根強くありますよ。今回はそうした世間に対する嫌味とトリックの部分がうまくはまったので、よし! と思っています。ちゃんとお化けの出てくる話にしないといけないし、といって化け物を倒して終わりにもできないし、結末のつけ方には頭をひねりました」

コミュニティの内と外で揺れ動いてきた篤は、最終的にどんな行動を取ったのか。それによってどんな結末が訪れたのか。ぜひ本書で確かめてほしい。「比嘉姉妹」シリーズ本編との結びつきを感じさせるエピローグにも胸を打たれる。

「初稿を読んだ編集者から、エモい、泣けるみたいな感想をもらって、それだけじゃ駄目だろうと改稿しました。現実を踏まえた物語ですし、事件が解決しました、めでたしめでたしで終わるわけにはいかない。ぎりぎりまで考えただけあって、単純な救いではない結末が書けたと思います」

「比嘉姉妹」シリーズは昨年誕生10周年を迎えた。時代と鋭く対峙しながら“怖くて面白い”物語を紡ぎ出してきた澤村さんの歩みは、現代ホラーの進化そのものである。ホラーファンでなくとも、追いかけるべきシリーズなのだ。

「第1作を書いた当時は、こんなに続くとは思っていませんでした。後づけで理由や設定をかき集めて、なんとか10年間続けてきたという感じですが、やってみればできるものだなと。次回作は『ばくうどの悪夢』の後の話、琴子と真琴の話をちゃんとやります。『ざんどぅまの影』の要素を引き継いだ部分もあると思うので、楽しみにしてください」

取材・文:朝宮運河 写真:川口宗道

さわむら・いち●1979年、大阪府生まれ。2015年『ぼぎわんが、来る』で第22回日本ホラー小説大賞・大賞を受賞。同作は『来る』のタイトルで映画化もされた。代表作に比嘉琴子・真琴の霊能者姉妹が活躍する「比嘉姉妹」シリーズ。他の著書に『予言の島』『邪教の子』『怖ガラセ屋サン』『斬首の森』など。最新作は『ととはり屋敷』。

『ざんどぅまの影』

(澤村伊智/KADOKAWA) 2145円(税込)

1981年、神奈川県P市Q区。沖縄からの移住者が多く暮らす町で新生活を始めた佐久間篤は、ある夜、水の音とともに現れる化け物に遭遇する。体調を崩した彼が頼ったのは、凄腕のユタ・比嘉勝子だった。比嘉琴子・真琴の祖母の時代を描いた、「比嘉姉妹」シリーズ最新長編にして最大の問題作。

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