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悪魔が悪魔でなくなった20年、市場という新たな悪魔の登場 『プラダを着た悪魔2』【小説家・榎本憲男の炉前散語】

  • 2026.6.11

小説家で、映画監督の榎本憲男。銀座テアトル西友(のちに銀座テアトルシネマ)や、テアトル新宿の支配人など、映画館勤務からキャリアをスタートさせた榎本が、ストーリーを軸に、旧作から新作まで映画について様々な角度から読者に問いかけていく「小説家・榎本憲男の炉前散語」。第15回は、前回の連載で主人公の“欲しいもの”に着目し、作品の魅力を紐解いた『プラダを着た悪魔』(06)に続き、公開から1か月以上経ってもなお劇場を賑わせている20年ぶりの続編『プラダを着た悪魔2』(公開中)にフォーカス。哲学的な視点も交えながら、現代版にアップデートされた『2』の物語を解剖しつつ、アンディが迎える結末について独自の観点で論じていきます。

【写真を見る】『プラダを着た悪魔2』でもナイジェルにおねだりするアンディ!20年経っても変わらない、2人の関係性

※本記事は、『プラダを着た悪魔2』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

アンディをいかにして「ランウェイ」の編集部に引き戻すのか

『プラダを着た悪魔2』が公開されました。メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチと、前作で好演した役者陣が顔を揃え、監督、脚本、撮影監督の布陣も前作と同じです。

作品の根強い人気はもちろん、メインキャストの続投でより一層注目を集めた 『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
作品の根強い人気はもちろん、メインキャストの続投でより一層注目を集めた 『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

前作で描かれていたのは、腰かけ程度の軽い気持ちで「ランウェイ」の編集部に入ったアンディ(ハサウェイ)が悪魔のような上司の猛烈なシゴキに耐えつつ奮闘し、成長していくプロセスでした。そして、ヒロインがもともと自分が志望していた本格的なジャーナリズムの世界に戻るところで終わる。この続編は、それから20年後の世界を描きます。

『プラダを着た悪魔2』を制作するためにまず脚本家が考えなければならなかったのは、どうやってアンディを「ランウェイ」に戻すか、だったでしょう。そもそも色々あった挙句の果てに、自分がホームベースだと信じる世界に向かって行ったわけですから、なんらかの工夫がないと戻ってきにくい。自分ならこのあたりをどのように組み立てるだろう、と考えふたつの仮説を立てました。

①彼女が目指したジャーナリズムの世界も腐敗していて、嫌気が差していたところにナイジェル(トゥッチ)かエミリー(ブラント)に再会し、「いまこそ君の力が必要だ」「またうちで頑張れば」とかなんとか言われて、戻る。

②「ランウェイ」がなんらかの危機に瀕していることを知ったアンディがいても立ってもいられず、「ランウェイ」に戻る。

答合せの結果は、①と②の合わせ技と言ったところでした。それでは見ていきましょう。

かつての勢いを失った「ランウェイ」。その原因は?

自分の夢を追求し、報道記者として着実にキャリアを積んでいたアンディ 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
自分の夢を追求し、報道記者として着実にキャリアを積んでいたアンディ 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

「ランウェイ」を去って20年後、NYヴァンガード紙の記者となったアンディは、NYプレスクラブ賞授賞式の会場にいます。そして、「ゴールド・キーボード賞」のウィナーとなる。受賞者として名前が呼ばれる直前、円卓の上に置かれた仲間のスマホにいっせいにメールが着信します。それは職場からの大規模なリストラの通知でした。当然、マイクの前に立ったアンディの表情は晴れやかにというわけにはいきません。彼女は直前の解雇に対して、辛辣なコメントを発します。

ちょうどそのころ、かつては「悪魔」と評された編集長のミランダ(ストリープ)もかつての勢いを失っています。労働環境において問題のある企業を好意的に取り上げてしまったことで、世間から猛バッシングを浴びています。それだけでなく、この20年で雑誌媒体の力そのものが低下しているようです。

ミランダも、アンディも、20年の時を経てそれぞれを取り巻く環境に変化が… 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ミランダも、アンディも、20年の時を経てそれぞれを取り巻く環境に変化が… 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

つまり、自分にふさわしい場所だとアンディが信じたジャーナリズムも、立ち去ったファッション業界も同じ脅威にさらされているところから物語はスタートします。その脅威の根源は、市場です。

授賞席上でアンディは、受賞の喜びの言葉を撤回し、市場主義による解雇を非難します。そして、このスピーチがオーナーの目に留まり、彼女は「ランウェイ」に乞われるようにして戻り、特集エディターの地位を与えられる。早い話が「ランウェイ」の再建と生き残りを託されるのです。アンディが受賞した作品が「街と心:再生する力」であることは、彼女に与えられた使命と期待を象徴しているかのようです。

『プラダを着た悪魔2』でのキャラクターの大きな変化は、かつて第1アシスタントだったエミリーがブランド側の人間になって、「ランウェイ」時代に怖れていた上司に対して力を持つようになっていることでしょう。この20年で雑誌媒体の力が落ちたぶんだけ、相対的にブランドの力が上がったというわけです。「ランウェイ」の編集部はブランドと手を組まざるを得なくなっているのです。エミリーに力を与えているのは市場です。またこの反作用はミランダにも影響を与えます。前作では、彼女の何気ないひとこと、視線の動きなどがファッション界全体に影響を与えていた様子が描かれていましたが、そのような権勢はもうありません。

ミランダのアシスタントだったエミリーは「DIOR」の幹部に 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ミランダのアシスタントだったエミリーは「DIOR」の幹部に 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

そして、市場に加えて世の中の風潮がミランダの権威を低下させています。前作を批評するときに、僕が「これはいまなら問題になるでしょう」と注釈をつけた彼女の横暴は、続編では影をひそめています。昔のような無茶は言わなくなったし、アシスタントのデスクの上にバッグやコートを投げつけることもなくなりました(人事部から注意されたそうです)。ミランダが自分でハンガーにコートをかけているところを目撃したアンディが驚くシーンは、前作を見た観客には笑えるでしょうが、その笑いは複雑です。

では、ミランダは傲慢ではなくなったのか。そんなことはありません。物語の終盤にとんでもない問題発言をしている(と僕は思う)。ただ、これは問題になるのかどうかはわかりません。

「ランウェイ」とその「伝統」の救済に奔走するアンディ

さて、こうしてアンディの“欲しいもの”(want/need)はミランダと「ランウェイ」を救済することになりました。それは自分の成長という前作の個人的な課題と比べると、はるかに巨大なもので、タスクの困難は極度に上がってしまいました。“欲しいもの”の質と難度が第一作と二作目では決定的にちがうのです。

また、アンディの、そしてこの作品全体の方向性が極めて保守的であることにも注意を促しておきたいと思います。「伝統」という言葉がなんども口にされます。「ランウェイ」の伝統は守らなければならないとアンディは主張する。しかし、社会というのは変化するものです。なにもかもが昔と同じというわけにはいきません。淘汰されるものは当然出てきますし、そうあるべきです。たとえば、働く者の環境は改善されたほうがよいでしょう。その意味で、ミランダのかつての悪魔ぶりを安易に懐かしむことは慎むべきです。しかし、それでもアンディは、ミランダや「ランウェイ」が永遠であることを願う。消えても仕方のない(消えるべき)因習と守るべき伝統の間には決定的なちがいがある、ということです。

トップファッション誌「ランウェイ」の編集長として、業界を牽引してきたミランダ 『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
トップファッション誌「ランウェイ」の編集長として、業界を牽引してきたミランダ 『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

オーナーの突然の死と新オーナーの方針によって、伝統はさらに軽んじられ、市場重視の傾向がさらに強まります。一方、ブランドの重役におさまったエミリーは市場の力を梃子に、ミランダの地位を奪い、編集長として「ランウェイ」に返り咲こうとします。ミランダはもう古い、「ランウェイ」の編集長の椅子は若く才能のある自分にこそふさわしい、というのがエミリーの言い分です。

これについて、アンディはミランダと旧体制の「ランウェイ」側につき、この伝統を守ろうと、起死回生の策を講じます。では、新旧交代はどのようなケースで祝福されるものになるのでしょう? この問いを立てたときに考慮に入れるべきなのは、やはり市場です。市場によって変化がもたらされることがあるにしても、それでもなお消えてはならないものがある、それをこの作品では「伝統」と呼んでいるのです。

「ランウェイ」の再起を懸け、アンディは超大物の取材を取り付ける 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
「ランウェイ」の再起を懸け、アンディは超大物の取材を取り付ける 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ファッションは交換か、それとも贈与か?

ファッションはまさしく市場です。ジャン・ボードリヤールは「消費社会の神話と構造」で、ファッションを記号の消費として分析しました。人々がファッションに求めているのは服の使用価値ではなく、記号としての価値、つまり“差異”です。服に機能だけを求めるなら、その機能が満たされれば需要は止まります。しかしファッションは違う。差異を生みだし、その差異を欲望させ、際限なく需要を喚起し続けることができる。理想的な商行為と見なすこともできるのです。

しかし、ボードリヤールが分析したのはファッション産業・消費としてのファッションであり、着飾るという行為そのものではありません。では、ここで、産業としてのファッションと人間の行為としてのファッションを区別して、なかば強引に、「ファッションは贈与である」という説を立ててみたいと思います。市場原理は等価交換を基盤としていますが、贈与は一方的に与えることで社会を動かします。そういう力がファッションにはある、と言いたいのです。

ミランダのもとで「ランウェイ」に尽くしてきたナイジェルは今度こそ報われるのか? 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ミランダのもとで「ランウェイ」に尽くしてきたナイジェルは今度こそ報われるのか? 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

着飾ることは美の追求です。そして、それを遂行する人がその美を享受できるのは、鏡に己の姿を映したときくらいでしょう。その美のほとんどは着る人ではなく、それを見る人に与えられる。つまり贈与です。そして、ファッション界をリードする「ランウェイ」は、美という贈与のナビゲーター、もっと言えばアジテーター(煽動者)だといえないでしょうか。

「ランウェイ」は「これこそが美だ」という価値判断を社会に流通させる機能を担っています。その価値判断は市場から完全に独立しているわけではありませんが、100%市場に還元できるものでもありません。美の基準を設定するという行為には、市場論理を超えた権威・審美的判断・文化的影響力が必要だからで、それを体現しているのがミランダなのです。

市場は需要に応答しますが、ファッション誌はまだない需要を創造したりもします。これは市場原理の外側から市場を動かすという逆説的な役割です。ミランダはまさにこのポジションにいます。彼女は市場に従うのではなく、美の基準を告げる。彼女の声が市場を動かす。これは贈与論的な権威の行使であり、市場原理主義とは異なる論理がそこにあるのです。

市場を動かし、需要を生み出す。かつてのミランダにはそれほどの影響力があった 『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
市場を動かし、需要を生み出す。かつてのミランダにはそれほどの影響力があった 『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中 [c] 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

ミランダはこの自分の役割を確信しています。このことがもっとも露わになるのが、自分を追い落とそうとするエミリーに向かって言う、「あなたには無理よ」「あなたは小売業よ」という台詞です。これは、2026年の社会の風潮に合わせて、悪魔ぶりを隠していたミランダが抜いた伝家の宝刀です。彼女の傲慢がここでまばゆいばかりに光り輝く。そしてこれは、極めて問題含みの発言でもあります。

ついに抜かれたミランダの“傲慢”という伝家の宝刀

ハンナ・アーレントという哲学者は、人間の営みを、労働(labor)、制作(work)、そして活動(action)に分けています。わかりやすくするために、ここも強引に映画業界に移し替えましょう。「労働」は映画館などでのもぎりやポップコーンの販売や館内清掃(生きるための賃金労働)、「制作」は文字通り制作です(人工物の制作)、「活動」は映画専門雑誌などでの批評活動(言葉と行為によって互いに関わり合う政治的営み)に当ります。アーレントはこの中で最も人間的な営みを「活動」だと述べたのです。「活動」を通してのみ、人間は、公共に接続したひとりの人格として現れることができる、と。

『プラダを着た悪魔2』でも飛び出したミランダの衝撃発言 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
『プラダを着た悪魔2』でも飛び出したミランダの衝撃発言 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

このような主張を鑑みれば、『プラダを着た悪魔2』でもっとも人間らしいのはミランダになるでしょう。ミランダがブランドの幹部となったエミリーに向けて言い放った「あなたは先駆者じゃないわ(You’re not a visionary.)」と「あなたは売り子よ(You’re a vendor.)」という台詞は、「活動」だけが「自分が誰であるかを示し、それぞれ唯一の人格的なアイデンティティを積極的に明らかにする」営為だというアーレントの主張と合致していると思います。

しかし、「あなたは売り子(字幕では「小売業者」と訳されている)」はかなり問題含みの発言です。「よくこんな台詞を書いたもんだ」と僕は驚嘆し、呆れもしました。また、劇場のもぎりからキャリアをスタートした僕としては、この台詞にはかなり抵抗を覚えます。実際、ハンナ・アーレントの主張はもともと奴隷制をベースにしたギリシアの民主制を理想としているところがあり、時折そこが批判の的となったりもするのですが……。

アンディの“欲しいもの”問題を、どう解釈するか

それでは、この作品の問題点を最後にふたつ整理したいと思います。まず、アンディはどのようにミランダと「ランウェイ」を市場の脅威から救ったのか、です。このくだりを見て僕は「うーむ、やはりそうか」と思いました。正直言って、アンディの策は僕にとってあまり痛快ではありませんでした。なぜかというと、市場の力に対して市場の力で対抗するものだったからです。ただ、これは『プラダを着た悪魔2』になって、アンディが戦う敵があまりにも巨大になってしまったからでしょう。主流派経済学者はよくTINAという言葉をつかって市場主義を擁護します。「市場に替わるものはない(There is no alternative to market)」という意味です。市場はあまりにも強い。僕は映画批評家でなく、ストーリーライターの端くれでもあるので、自分ならどういう手を使うだろうかと考えてみましたが、いまのところ妙案を思いつけずにいます。

【写真を見る】『プラダを着た悪魔2』でもナイジェルにおねだりするアンディ!20年経っても変わらない、2人の関係性 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
【写真を見る】『プラダを着た悪魔2』でもナイジェルにおねだりするアンディ!20年経っても変わらない、2人の関係性 『プラダを着た悪魔2』2026年5月1日(金)日米同時公開 [C] 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

最後はやはり、アンディの“欲しいもの”がどうなったかを語ってこのコラムを終えましょう。なにはともあれ、彼女の活躍でミランダは編集長の地位に留まり、「ランウェイ」はサバイブします。ミランダ、ナイジェル、アンディがそれぞれの部屋で働く様子をビルの外から窓越しに狙ったワイドショットで映画は閉じられます。つまりアンディがこのままランウェイにとどまったという印象を残して終わるわけです。

では、前作で、自分にふさわしいのは本格的なジャーナリズムの現場だと感じて「ランウェイ」を去った彼女の気持ちはどうなったのでしょうか。ここでふたたび“欲しいもの”問題が浮上します。この結末についてはふたつのジャッジがあるでしょう。ひとつは巧妙に“欲しいもの”のすり替えが行われたということ。もうひとつは、物語を通じてアンディの心に変化が生じ「ランウェイ」こそが自分のホームベースだと考えるに至ったということです。おそらく、後者として解釈できた人は満足度が高いでしょう。ただ、僕がシナリオのチームに参加していたなら、やはりアンディはもういちど「ランウェイ」を去るべきだと意見しただろうなあ、と余計な妄想を膨らませてしまいました。

文/榎本 憲男

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