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ライス、ザハ、ウィリアムズ…代表チームを「鞍替え」した7名のスター選手たち

  • 2026.6.6

サッカー界のトッププレーヤーの中には、A代表でのキャリアをある国でスタートさせながら、後に別の国へと代表資格を変更するという決断を下した者が何人もいる。

それは実はそれほど珍しいことではない。才能の片鱗を見せた瞬間から、あらゆる国々のスカウトが「代表資格の有無」を調査するものであるし、FIFAもA代表デビュー前や公式戦以外のみの出場であれば変更を認めているからだ。

今回は、近年に複数のA代表チームでプレーした経験を持つ7人の選手たちをピックアップしてみよう。

ディエゴ・コスタ(ブラジル→スペイン)

この種のトピックで最も有名なケースだろう。ブラジルで生まれ育ち、17歳でポルトガルのブラガへ渡り欧州でのキャリアをスタートさせたジエゴ・コスタ。

2013年3月にルイス・フェリペ・スコラーリ率いるブラジル代表として親善試合2試合に出場したが、同年スペインサッカー連盟が彼の獲得に動き出した。アトレティコ・マドリーでの活動を通じてスペイン国籍を取得していたコスタは、ブラジル連盟に対して「スペイン代表としてプレーしたい」という旨の手紙を送り、自ら道を切り開いた。

当然、スコラーリは激怒したが、なすすべはなかった。2014年1月、ビセンテ・デル・ボスケによってスペイン代表に招集された彼は、その夏のワールドカップにも出場している。

スティーヴン・コーカー(イングランド→シエラレオネ)

彼のキャリアパスは、おそらく今後誰にも塗り替えられないものだ。

リヴァプールではスクランブル時のセンターフォワードとしても起用されたが、本職はセンターバック。2012年のロンドン五輪に出場した後、ロイ・ホジソン政権下のイングランド代表で唯一のキャップを刻んだ。

その後はイングランドでのキャリアに見切りをつけ、2018年にはスコットランド代表入りの可能性を模索したが実現せず。最終的に2021年、自身のルーツであるシエラレオネ代表として国際舞台に復帰した。アフリカネイションズカップにも出場し、13キャップを数えている。

ウィルフリード・ザハ(イングランド→コートジボワール)

イングランドのユース各年代で常連だった天才ザハは、2012年11月にホジソン監督のもとでフル代表デビュー。親善試合2試合に出場した。

しかし、当時のFIFAルールでは「親善試合の出場のみでは代表チームに拘束されない」とされており、2013年以降イングランドから声がかからなかった彼は、2017年にコートジボワール代表への変更を決断。

ガレス・サウスゲート監督が引き留めに動いたものの、彼は「エレファンツ」という愛称をもつコートジボワール代表のメンバーに名を連ね、アフリカネイションズカップに参戦した。以来、36試合5ゴールという立派な数字を残している。

デクラン・ライス(アイルランド→イングランド)

画像: (C)Getty Image

これほど物議を醸した「鞍替え」も珍しい。ロンドン生まれのライスであるが、祖父母のルーツからアイルランド代表を選択し、ユースを経てA代表でもプレー。当時はウェストハムでプレミアリーグ屈指のアンカーへと急成長を遂げていた時期だった。

しかし、A代表デビューを飾った後、ライスはイングランド代表でプレーすることを考え始める。マーティン・オニール監督(当時)は彼の決断を待つために2018年夏の招集を見送ったが、2019年1月、ライスはイングランドへの忠誠を誓った。

同年3月のEURO予選でデビューすると、今やスリーライオンズに欠かせない大黒柱となり、キャプテンマークを巻くこともしばしば。ジャック・グリリッシュに続きライスまで失ったアイルランドにとっては、あまりに痛すぎる損失となった。

フッサーム・アウアール(フランス→アルジェリア)

リヨンで鮮烈なデビューを飾ったアウアール。誰もが彼を「フランス代表の将来を担う宝石」になると信じて疑わなかった天才ミッドフィルダーだった。

しかし、その未来は別の形で結実することになる。2019年にフランス代表として招集を受けるも、怪我のため離脱。さらに次年度にも招集されたが、新型コロナウイルスの陽性反応が出たために断念。最終的には2020年に親善試合で1回プレーしたのみになった。

そして2023年に両親の母国であるアルジェリアへの変更を決断。アウアルは後に「フランスでプレーしたことを後悔している」とまで語り、「(アルジェリア連盟の)会長が手を差し伸べてくれた。それは運命のように感じられたし、巡ってきた2度目のチャンスを掴んだんだ」と心境を明かしている。

ジョフレイ・コンドグビア(フランス→中央アフリカ共和国)

フランスのアンダー年代で57試合に出場した経歴を持つが、コンドグビアほどの実力者ですら、A代表に定着するのは困難だった。当時の選手層がいかに厚かったかを物語っている。

A代表として5試合に出場しているが、それがすべて親善試合だったため、2018年に代表資格を変更。現在は、一度もワールドカップに出場したことがない中央アフリカ共和国の代表としてプレーし、キャプテンも務めている。

イニャキ・ウィリアムズ(スペイン→ガーナ)

画像: (C)Getty Images
(C)Getty Images

これに加えてバスクの選抜チームにも入ったことがあるのが、イニャキ・ウィリアムズだ。

ビルバオで生まれた彼は、EURO2016直前の親善試合でスペイン代表としてデビューしたが、その後は招集外に。その2年後、彼は「バスク代表」として2試合に出場した。バスク代表はFIFAやUEFAに加盟していないため親善試合しか行えないが、この事実が彼のキャリアをユニークにしたともいえる。

すでに2つの代表でプレーしていたイニャキだったが、制度上の問題はなく、2022年ワールドカップを前に両親の母国であるガーナ代表を選択。現地育ちの選手の枠を奪うことに当初はためらいもあったようだが、現在はガーナの主力として25キャップを数えている。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)

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