1. トップ
  2. エンタメ
  3. 第47話の“一言も発さない”涙が話題に「本物の涙」「気づかなかった」陰で物語を支える“名女優の存在”【NHK朝ドラ】

第47話の“一言も発さない”涙が話題に「本物の涙」「気づかなかった」陰で物語を支える“名女優の存在”【NHK朝ドラ】

  • 2026.6.24

 

undefined
『風、薫る』第10週(C)NHK

連続テレビ小説『風、薫る』で梅岡看護婦養成所の英語教師兼、寮の舎監・通訳である松井エイを演じる玄理。バーンズ先生(エマ・ハワード)と看護学生たちの橋渡し役として物語を静かに支えてきた彼女が、第47話で忘れがたい表情を見せた。患者・小野田(宮地雅子)の死を受け入れられないゆき(中井友望)、そしてトメ(原嶋凛)の過去の告白を前に、松井は一言も発しない。ただ、静かに涙を流していた。SNS上でも「本物の涙」「気づかなかった」と反響を呼んだこの場面について振り返る。

※以下本文には放送内容が含まれます。

第47話の“無言の涙”が語ったもの

undefined
『風、薫る』第10週(C)NHK

第47話では、担当患者だった小野田の死を受け入れられず、看護婦見習いの一人・ゆきが実習を休み続けていた。命の終わりに立ち会うこと。看護する相手を失うこと。その重さを前に、ゆきは自分のなかで気持ちを整理できずにいた。

そんな彼女のために、バーンズ先生は、りん(見上愛)、直美(上坂樹里)、多江(生田絵梨花)、トメ、喜代(菊池亜希子)らを集め、臨時の特別授業を行う。命と誠実に向き合うとはどういうことか。その問いを受けて、これまで多くを語らなかったトメが、労咳で兄を亡くした過去、そして敵討ちのような気持ちで看護婦を目指したことを初めて告白する。

部屋の空気が一気に重くなるなか、松井は前に出ない。英語教師であり、舎監であり、通訳でもある彼女は、あくまでその場を見守る立場にいる。場の中心にいるのは、ゆきであり、トメであり、バーンズ先生だ。

それなのに、画面の端で静かに涙を流し、そっと拭う松井の姿が、強く胸に残る。

泣くための台詞があるわけではない。感情を説明する言葉もない。声を上げて泣くのでも、顔をくしゃくしゃにして崩れるのでもない。ただ、瞳から涙がこぼれている。その抑えた表現が、かえって部屋に満ちる悲しみの深さを何倍にもしていた。

玄理の演技は、視聴者の目を強引に引き寄せるものではない。見返して初めて、その静かな涙に気づく。しかし一度気づくと、もう忘れられない。松井もまた、学生たちの痛みを自分のものとして受け止めているのだと伝わってくる。

玄理が積み上げた静かな変化

松井は、もともと女学校の英語教員だった人物である。校長に請われ、急きょ梅岡看護婦養成所へやってきた。看護の専門知識を最初から持っていたわけではない。彼女の役割は英語教師であり、外国人講師であるバーンズ先生と学生たちの間に立つ通訳であり、寮生活を見守る舎監でもある。

つまり松井は、“言葉”と“生活”の両方を支える存在だった。

当初は、養成所に集まった個性の強い学生たちや慣れない環境に、戸惑う場面もあった。しかし時間を重ねるうちに、彼女はただ管理する側ではなく、学生たちの変化を見守り、ときに一緒に揺れる人へ変わっていることが伝わる。

玄理の演技が巧いのは、その変化を大きな台詞で説明しない点だ。松井は、誰かを導くために前に出すぎる人ではない。視線を配り、言葉を訳し、寮の空気を整え、生徒たちの成長をそばで受け止める。その控えめな立ち位置のまま、彼女の感情は確実に深まっている。

知性・語学力が下支えする演技

undefined
『風、薫る』第10週(C)NHK

玄理は、日本語、英語、韓国語を操るトリリンガルであり、国内外の作品で活躍してきた実力派俳優である。その語学力は、『風、薫る』の松井エイ役に大きな説得力を与えている。外国人講師と学生たちの橋渡しをする通訳という役柄に、表面的な“それらしさ”ではなく、実際に言葉を扱える人の知性と身体感覚が宿っている。

代表作も幅広い。主演映画『水の声を聞く』では、宗教の教祖となってしまう女性の複雑な内面を演じ、第29回高崎映画祭で最優秀新進女優賞を受賞。濱口竜介監督の『偶然と想像』では、国際的に評価された作品の一編に出演し、黒沢清監督の『スパイの妻』にも出演している。

テレビドラマでも、連続テレビ小説『まんぷく』、大河ドラマ『八重の桜』、『君と世界が終わる日に』シリーズ、『Eye Love You』など、多彩なジャンルで存在感を発揮してきた。

玄理の演技の魅力は、感情を大きく爆発させるよりも、内側にある揺れを瞳や呼吸、姿勢で伝える演技にある。第47話の涙は、その真骨頂だった。目を伏せ、声を出さず、ただ涙をこぼす。その抑制が、逆に感情の深さを際立たせる。

松井は、物語の中心で大きく動く人物ではない。けれど、バーンズ先生と学生たちの間に立ち、言葉を訳し、生活を見守り、彼女たちの成長を誰より近くで受け止めてきた存在である。第47話の無言の涙は、“松井先生”が学生たちの痛みに寄り添う“同志”になっていたことを示す名シーンだった。静かな涙ほど、雄弁なものはない。


連続テレビ小説『風、薫る』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_

の記事をもっとみる