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【加藤登紀子さん82歳】ジブリ映画『紅の豚』の歌姫ジーナの生きた100年を歌にしてコンサートで披露したい

  • 2026.5.18

【加藤登紀子さん82歳】ジブリ映画『紅の豚』の歌姫ジーナの生きた100年を歌にしてコンサートで披露したい

歌手としての活動だけでなく、著書を通じて、あるいは番組のコメンテーターとして、自身の考えや意見を述べる機会の多い加藤登紀子さん。世界中で戦禍が勃発し、収束の見えない今の時代をどのように見ているのでしょうか。自身がかつて声優を務めたジブリ映画『紅の豚』のジーナに思いを馳せながら、今思うことを語ります。

Profile

加藤登紀子さん 歌手

かとう・ときこ⚫1943年満州国ハルビン生まれ、京都府育ち。65年東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。69年「ひとり寝の子守歌」、71年「知床旅情」ではミリオンセラーとなりレコード大賞歌唱賞受賞。以後90枚以上のアルバムと多くのヒット曲を世に送り出す。88年、90年、米ニューヨークのカーネギーホール公演をはじめ、世界各地でコンサートを行う。恒例「ほろ酔いコンサート」は50年以上続いている。映画『居酒屋兆治』『紅の豚』では女優、声優として演技も披露。獄中結婚をした学生運動のリーダー藤本敏夫(2002年死去)との間に3人の娘がおり、孫は7人。

今、一番会いたい人は……

デビューから60年。各界のさまざまな人たちと出会いを重ねてきた加藤登紀子さん。最新刊『「ま・さ・か・」の学校 ピンチはチャンス』の中には、大切な人たちとの思い出が記されている。その中でも、今もっとも会いたい人は誰なのだろうかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「宮崎駿監督ですね。宮崎さんにすごく会いたいです。宮崎さんと語っておきたいことがすごくあります。あの『君たちはどう生きるか』という作品を、あれが最後ではないことを祈りたいのですが、力を振り絞って作られた。あの作品を作るにあたっては、かなり苦悶されたと思います。時間もかかったでしょうし。世間の人たちは、『宮崎さんは結局どうしろと言っているんですか』という問いへの答えを欲していると思うんです。『こうしなさい』と言ってほしい。でも宮崎さんは『こうしなさい』とは言えない、僕は言えないというその結論に、あの映画が到達したと私自身は受け取っていて、その苦渋の一滴があの映画になった気がしているんです」

宮崎さんはその全作品を通して、人間にとっての素敵な未来とは何なのかを描こうとしてきたと、加藤さんは考えている。それをやり尽くして、あの『君たちはどう生きるか』で次世代に託そうとしているのではないかと見ているのだ。

「もう限界に来てしまった自分の気持ちをさらけ出して、私たちは限界に来ちゃったけど、君たちはそれでもまだ同じように頑張ってください、何かやってください、やれると思うことを見つけてやってください、そう言っているのがあの映画のように思うんです。これは、あくまでも私の想像ですけれども、今の時代のこの世界を隅から隅まで見渡して、号泣している宮崎さんが見える、そんな気がして。だから今会いたいなって。一番語ってみたい人ですね」

ジーナの生きた100年を歌う

加藤さんと宮崎さんとの出会いは1991年。翌92年公開のジブリ映画『紅の豚』に、ホテル・アドリアーノを経営する未亡人で、かつシャンソンを歌う歌姫でもあるジーナ役として出演をオファーされたことがきっかけだった。

「あの映画の舞台は、二つの大戦の間の世界大恐慌時代のイタリア・アドリア海。第一次大戦が散々な結果に終わったことで、ヨーロッパのひとつの秩序が崩れたんです。でも秩序が崩れた後というのは、次の未来が生まれるチャンスでもあるので、その希望があの映画の中では描かれているんです。でもそれも無残に駆逐されて第二次世界大戦が始まるわけですが、そんな暗黒の時代でも、人々は希望を持って楽しくいきいきと生きている。それを考えて、私はちょっと想像力で、その後ジーナが、主人公の飛行機乗りポルコ・ロッソがどう生きたかを考えてみたんです」

加藤さんの「見立て」ではこうだ。ジーナは加藤さんと50歳違いの1893年生まれ。ポルコ・ロッソは1910年に17歳で初飛行した人がモデルと言われているので、ジーナと同い年。その人物像は、同じく1893年生まれで、「多民族・多宗教の火薬庫」と呼ばれたバルカン半島をまとめてユーゴスラビアを作ったチトーと重なるのだという。「それがポルコ・ロッソの未来というのが私の想定(笑)」

一方、ジーナはどうしたかと言えば、「ずっとあそこで歌っているんですよ。『リリー・マルレーン』とか、そういうのを歌っている。もしジーナが100歳まで生きたとしたら、『紅の豚』が公開された頃に、100歳ぐらいになっているはず。そう考えると、この100年の間に人々がどう生きてきたのかを、私たちはもっと思い出したほうがいいよねと、今度のコンサートは『明日への讃歌 ジーナの生きた100年』と題して、彼女の生きた歳月を歌ってみようと思っているんです」

今、戦禍に巻き込まれる国や地域が増えている。危機を身近に感じ始めた日本でも各地で連日、反戦デモが起こっている。歴史に今一度、謙虚に学ぶことが求められてもいるときでもあるが、加藤さんは「ジーナの100年」を歌いながら、今のこの時代をどう見ているのだろう。

「何か声をあげるときに、私たちはデモをするという方法を取りますが、でも、そういう行動の無力さもいっぱい経験してきたことを振り返ると、それよりも一人の人が何を思うかということがすごく大切な時代だと思っているんです。一人の人が思い立って遂げようとする、その思いというのはすごく強いもの。だから、どんな人でもどんな場所にあっても素晴らしくあることはできるのではないか、そうでありたいというのが私の願いですね。声を大きく出した人だけが命を助けられるのではなくて、そっと手を差し出してくれる人に助けられることもある。私のように大陸で終戦を迎えた者たちは、中国の人が声を上げて助けてくれたから生き延びられたわけではなく、そっとしておいてくれた中国の人たちがいたから生き延びられたんです。たぶん、日本人はそこにいてはいけなかった民だったのに、それにもかかわらず、私たちをそっとして黙っていてくれた中国の人たちがいたから、私たちは難民として生きられた。そっと黙っていてくれることが一つの命を支える力であることもある。黙っていることにすごく大きな勇気を必要とすることもある。だから大きな声を上げてデモをすることだけが唯一の正しい方法というわけではなく、毎日の生活の中できっと誰もができることがあるんじゃないか、それが今の時代には必要なのではないか、そんなふうに思っているんです」

【Information】

『「ま・さ・か」の学校 ピンチはチャンス』

「知床旅情」をはじめとするさまざまなヒット曲の裏にある運命的な物語や、これまで巡り会ってきた人たちとの貴重な思い出、そして思いがけず体験することになったハイジャックなどなど、これでもかの「まさか!」な出来事に満ちた加藤登紀子さんの半生を振り返った一冊。どんな「まさか」も笑って楽しんで明日への糧に変えていくその姿は、前作『「さ・か・さ」の学校 マイナスをプラスに変える20のヒント』と併せて、私たち読者に大きな力を与えてくれる。

「TOKIKO KATO CONCERT2026 明日への讃歌 ジーナの生きた100年」

スタジオジブリの映画『紅の豚』でジーナを演じた加藤登紀子さん。劇中でジーナが歌う「さくらんぼの実る頃」は、1871年、パリで起こった市民革命の中から生まれた歌だ。『紅の豚』の舞台は1929年から30年頃の、また次に戦争が始まろうとしていた時期。ジーナより50年後に生まれた加藤さんが、今、その後を生きたジーナの歳月を自身の大切な歌で綴る。

6月20日(土)東京国際フォーラムホールC 開場 14:45 開演 15:30 SOLD OUT
7月11日(土)千葉県文化会館 開場 14:45 開演 15:30
全席指定8000円 (問)トキコ・プランニング 03-3352-3875

取材・文/志賀佳織 撮影/中村彰男

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