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鉄塔のある風景。旅の断片にいつも残っているもの。

  • 2026.5.14

スマホの写真フォルダを遡っていると、ふと気がついたことがある。

それは、鉄塔の写真が多いということ。

どこにでもあるものなのに、街角や旅先で見かければ、ついカメラを向けてしまう。なぜ僕はこんなに鉄塔が好きなのだろう。

鉄塔は、どんな場所や季節を背景にしても、常にそこに馴染んでいるし、同時に異物として紛れ込んでもいる。日常であり、非日常。その不思議な佇まいに、僕は惹かれているのかもしれない。

写真フォルダに並んだ鉄塔たちを眺めていると、その場所の空気感とともに、そのときの自分の状況や抱えていた思いが鮮やかに蘇ってくる。

今回は、そんな僕の旅の断片に残る、名もなき風景の話を書いてみようと思う。

夕暮れと鉄塔

北を目指した旅の朝で

大学の卒業旅行で、僕は友人とふたり、青春18きっぷで旅をした。

計画はほとんどなし。決めているのは、ひたすら北を目指すということだけ。

大阪から電車に乗り込み、東北へと向かう。

初日は福島で下車し、ネットカフェで夜を明かした。隣のブースから友人の寝息が聞こえるなか、僕は高揚感でなかなか寝付けずにいた。明日はどこまで行けるだろうか、どんな景色に出会えるだろうか、と。

しかし同時に、憂鬱な気分にもなっていた。

このとき、3月。実は僕は、まだ就職が決まっていなかった。

ひとつだけ内定の出ている会社はあったが、本当にそこでいいのか悩み続けていた。もうそんなことを言っていられる時期ではないが、心が決まらない。

旅を終えたら、また現実と向き合わなければいけないのか……。

そんなワクワクとモヤモヤが渦巻いて、その日はなかなか眠れなかった。

翌朝、まだ暗いうちに出発し、始発電車に乗り込んだ。電車はしばらく停車したままで、僕は睡眠不足の頭で何も変わらない車窓の景色をぼーっと眺めていた。

冬の朝の張り詰めた空気のなかに、やがて朝の光が差し込んできた。そこに浮かぶ、いくつもの鉄塔。それは幻想的な光景だった。

じっと動かず、ただそこに立ち続ける鉄塔の群れから、僕はしばらく目が離せなくなっていた。

それはいま思えば、行き先も将来も定まっていない自分の胸のうちを、その姿に無意識に重ねていたからなのかもしれない。

車窓から見た鉄塔群

ダージリンの霧の中

標高2,000メートルに位置する、インドのダージリンを旅したとき。

このときは三人で旅をしていたのだが、長旅の疲れと気圧の変化で、みんな体調を崩しがちになっていた。

そんななかで向かった、観光名所の「タイガーヒル」。

うねる山道をゆくタクシーに揺られ、ひどい車酔いに見舞われた。満身創痍で到着し、車を降りると、あたりは真っ白な霧に包まれていた。

晴れていればヒマラヤの絶景が拝めるはずだったが、数十メートル先も見えない。みんな口数が少なく、どんよりとした空気が流れていた。

ふと振り向くと、霧のなかに工事現場のような建物と鉄塔が立っていた。他に撮るものもないので、とりあえずシャッターを切ってみることに。

タイガーヒルの鉄塔

あとから写真を見返すと、その一枚が妙に印象に残った。

旅人の都合など関係なしに、無骨な姿で立つ孤高の存在。その佇まいは、上手くいかない旅の記憶そのものといえるのかもしれない。

だけど同時に、あのときのボロボロな僕らを思い出して、なんだかくすっと笑ってしまうのだった。

霧に包まれるダージリンの街

日本の最北・礼文島の海と空と

北海道の離島、礼文島で住み込みで働いていたときのこと。

日本最北の離島である礼文は、自然豊かで、美しい絶景が広がる島。しかし、せっかくそんな景色のなかにいたというのに、このときは勤め先のオーナーとの折り合いが悪く、毎日が憂鬱だった。

唯一の息抜きは、仕事の中抜け休憩に、寮の裏にある海岸へ行くこと。

海をぼんやり眺めたり、ロシアから流れ着いたであろう漂着物を見つけたりして、のんびりと時間を過ごしていた。なかでも好きだったのが、丘の上に立つ鉄塔の姿だった。

夕暮れどきの一枚

空と海と山。最北の雄大な自然のなかで、まっすぐそびえる人工物。その姿をどうやってかっこよく撮ってやろうかと、何枚も何枚もシャッターを切った。

礼文島での生活を振り返ると、苦い記憶が多い。だけど、こうして上手く撮れた鉄塔の写真を見返すと、あの美しい島の風景にまた会いに行きたいと思うのだった。

大空に向かって伸びる

夜明けの街角で

これは旅先ではなく、当時住んでいた街でのこと。

初めて就職した会社が合わず、僕はたった数ヶ月で辞めてしまった。

無職となり、次の仕事も決まらないまま、何をするでもない日々を過ごしていた。いつしか生活は昼夜逆転していて、夜中に街をうろうろと歩き回ることもあった。思えば、心が少し病んでいたのかもしれない。

あるとき、いつのまにか夜が明けて、鮮やかな朝焼けが空に広がっていた。早朝の街には誰ひとりいない。いつもの見慣れたはずの景色が、なんだかちがって見えた。

こんな時間までなにやってんだろう、と暗い気持ちになりながらも、朝焼けを背に立つ鉄塔になぜか惹かれて、僕は思わずスマホを向けていた。

この一枚を見ると、あのときの無気力さや焦燥感を思い出す。だけど、それでもなんとか前に進んできたこともまた、思い出す。

無価値に感じていた日々だったが、それもまた僕にとって必要な時間だったのかもしれない、とふと思う。

朝焼けを背に

旅先で出会った鉄塔たち

他にもまだまだたくさん鉄塔の写真はあるが、そのなかからいくつか、お気に入りのものを紹介していこうと思う。

まずは、京都の宇治市。さすがはお茶の名産地。鉄塔までが見事な抹茶色に染まっていた。

抹茶色の鉄塔

次は、ネパールのポカラでの一枚。ヒマラヤ山脈の一部を成すアンナプルナ連峰に昇る朝日を見に行ったときのもの。

展望台の片隅でひっそりと佇んでいた、不思議なデザインの鉄塔。雄大な山々の景色に感動したあとに見かけたこの奇妙な鉄塔が、どういうわけか心に残っている。

不思議な形

これは旅ではなく、大阪に住む友人の家の付近で見つけたもの。形の異なるふたつの鉄塔が並んでいるのがなんだかよくて、思わず撮影。

鉄塔にもいろいろと種類があって、それぞれのちがいを調べるのも面白い。

ふたつの鉄塔

特別な景色ではないからこそ

こうして振り返ってみると、僕が鉄塔にカメラを向けた記憶は、どれも疲れや迷いを抱えていたときのものばかりだ。

けれど、別に鉄塔に救われたとか、なにかが変わった、というわけではない。ただ、そのときそこにあった鉄塔を「なんかいいな」と思って見ていただけだった。

でも、そのただ見ていただけの時間が、あとになってくっきりと残っている。

鉄塔のある風景はけして特別なものではない。けれど、旅や日常の断片として、そのとき自分がなにを思い、なにを感じていたかを、そのまま保存してくれている。

これからも僕は、旅先や街中で鉄塔を見かけるたびにシャッターを切るだろう。次はどんな場所でどんな断片を残せるのか、考えるだけで楽しみだ。

夏の福井にて。車窓から見た夕暮れの田園に立つ鉄塔。

All photos by Satofumi Kimura

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