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「今年、すごい俳優さんに出会ってしまった」朝ドラや『ちるらん』で話題の俳優【NHKドラマ】で魅せた“別の顔”

  • 2026.5.19

NHK『まぐだら屋のマリア』で藤原季節が演じた料理人・及川紫紋は、画面の温度に変化を与える人物だった。絶望の淵で感情を凍らせた男が、マリアの料理と沈黙に触れて少しずつ融解し、生き直していく。その変化は感情の荒ぶりではなく、視線の焦点や呼吸の間合いで伝わってくる。連続テレビ小説『風、薫る』や『ちるらん 新撰組鎮魂歌』とは、また違った顔だった。

※以下本文には放送内容が含まれます。

不在の質感

藤原季節という俳優を、“カメレオン”というわかりやすい言葉に当てはめるのは、少し違う気がする。衣装や髪型や声色が変わるからカメレオン、と呼称されるわけではない。もっと根幹の部分、“その人がいる空気”そのものが入れ替わるかのようだ。ドラマ『まぐだら屋のマリア』の及川紫紋は、まさにそれを体現する役だった。

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土曜ドラマ『まぐだら屋のマリア』4月18日放送(C)NHK

紫紋は、料理人として将来を嘱望されながら、後輩の自死を止められなかった後悔を抱え、死に場所を探して尽果へ辿り着く。強いあらすじだ。その強さゆえに、演じ方を間違えると“痛ましい人”になりすぎる危険もある。
重たい過去を背負った主人公は、視聴者の共感を取りに行こうと思えば、いくらでも取りに行けるからだ。

藤原季節の紫紋が凄いのは、そこに踏み込まないところだった。こちらに“分かってほしい”と迫りすぎない。むしろ、寄ってこられる距離にいない。目は開いているのに、どこにも焦点が合っていないような瞬間がある。顔は整っているのに、表情が“機能していない”ように見える。生きる気力を失った人の虚ろさを、誇張ではなく“不在の質感”で作ってしまう。

藤原季節が体現する、再生のプロセス

そして、不在のまま物語が進んでいく。まぐだら屋で出される料理は、劇的に世界をひっくり返す魔法じゃない。温かくて、美味しくて、沁みる。その程度の、毎日に根ざす強さだ。
紫紋の変化も同じで、分かりやすいカタルシスとしては描かれない。ある回で急に元気になるわけでも、突然涙を流して浄化されるわけでもない。変わるのは、ほんの少しの“反応”だ。

箸を持つ手が遅れる。飲み込む喉が動く。目の奥に、わずかな熱が戻る。料理を受け取る時間が、心の氷を溶かす時間になっていく。藤原季節の芝居は、この微差を積み重ねるのが異様に上手い。紫紋の再生は、ドラマ的な“復活”ではなく、受け取れる身体に戻っていく過程として描かれている。

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土曜ドラマ『まぐだら屋のマリア』5月9日放送(C)NHK

この“受け取る”芝居は、尾野真千子が演じるマリアの存在感とも強く結びつく。尾野真千子の芝居には、静かな迫力がある。声を荒げなくても、空気が張る。そこで藤原季節がやっているのは、ぶつかり合って勝つことではなく、真正面から受け止めて成立させることだ。

受け身に見えるのに、実は主導権を渡していない。相手の言葉や沈黙を、自分の内部で反芻してから返してくる。だから会話が、戦いではなく儀式のようになる。マリアの無償の愛に救われる物語でありながら、紫紋がただ救われる側に留まらないのは、この受けの強度があるからだと思う。

その振り幅の正体は?

ここで、連続テレビ小説『風、薫る』や『ちるらん 新撰組鎮魂歌』での藤原季節を知っている人ほど驚くのではないか。『風、薫る』で話題になった小日向栄介と、尽果で消えかける紫紋の顔は、同じ俳優のものとは思えない。

一方『ちるらん』で演じる斉藤一には、遮断がある。削ぎ落とされた挙動と鋭い視線で、他者を寄せ付けない。紫紋はその中間……揺らぎの役だ。開きたいのに開けない。近づきたいのに近づけない。その不器用さが、台詞より先に身体に出る。

おもしろいのは、振り幅が大きいのに、根っこの芯は揺れていないことだ。藤原季節が一貫して演じているのは、“何かに殉じる男”なのかもしれない。斉藤一は剣に殉じ、小日向栄介は日常に殉じ、紫紋は贖罪と“味”に殉じる。
熱量の方向は違う。しかし、譲れない核を抱えている点は共通している。その核を、派手な台詞ではなく、視線の落とし方や沈黙の長さで見せられる俳優は貴重だ。

『まぐだら屋のマリア』の紫紋を観て思ったのは、藤原季節は表現するよりも先に、そこに存在する人だということ。「今年、すごい俳優さんに出会ってしまった」多くの視聴者が抱くその感覚は、きっとしばらく消えない。


NHK土曜ドラマ『まぐだら屋のマリア』
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_

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