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60年代女の子映画の決定版…チェコの名作『ひなぎく』に込められた“カワイイ!”と自由への想い

  • 2026.3.15

第二次世界大戦が終わって、ソビエト連邦の衛星国家とされてしまったチェコスロバキア。米ソ対立=東西冷戦が激化するなかで、共産党による独裁体制が敷かれ、表現の自由も強く制限された。そして1960年代後半、吹き始めた自由の風のなかでそよいだ、一輪の花。それが映画『ひなぎく』(66)である。

【写真を見る】「カワイイ!」と“渋谷系”の若者にも人気となった『ひなぎく』のビジュアル

“チェコ・ヌーヴェルヴァーグ”の担い手、ヴェラ・ヒティロヴァー監督

本作を生みだしたのは、女性監督のヴェラ・ヒティロヴァー(1929~2014)。哲学と建築学を学んだあと、工業製図者、ファッションモデル、デザイナーなどを経て、撮影所入り。脚本家、俳優、助監督として働き始める。

その後、首都プラハのフィルム・アカデミーで演出を学び、監督としてデビュー。アカデミー同期のイジー・メンツェルやエヴァルト・ショルムらと共に、“チェコ・ヌーヴェルヴァーグ”の担い手の1人となった。

マリエを名乗る2人の女性が主人公 [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
マリエを名乗る2人の女性が主人公 [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

2人のマリエが自由奔放に振る舞う、あってないようなストーリー

『ひなぎく』の主役は、マリエを名乗る女性2人。マリエ1はツインテール。マリエ2は“ひなぎく”の花冠を被っている。2人は姉妹と偽り、男たちを騙しては食事を奢らせた挙げ句、変な笑い声を上げながら逃げだす。時には高級レストランで酔っ払って大騒ぎ。ほかの客にちょっかいを出すなど、悪ふざけをする。忍び込んだ宴会場では、ご馳走を食い散らかしたのち、ハイヒールで料理を踏みつけてメチャクチャにする。

高級レストランでは酔っ払って大騒ぎ [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
高級レストランでは酔っ払って大騒ぎ [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

部屋に戻ると、牛乳風呂。紙を燃やし、ソーセージを炙って食べる。グラビアやベッドのシーツを切り刻んだあと、ついにはお互いの身体をちょん切りだす。そして画面全体も、小間切れとなる…。

こうした、あってないようなストーリーが、前衛的な映画テクニックを駆使しながら展開されていく。カラーとモノクロ、赤や緑の色ずれやフィルムへの着色などで生みだしたサイケデリックな色彩。実験的な効果音に、時間軸を無視したカット割りと編集は登場人物がまるで瞬間移動したようだ。

あってないようなストーリーが前衛的な映画テクニックを駆使しながら展開されていく [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
あってないようなストーリーが前衛的な映画テクニックを駆使しながら展開されていく [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

マリエ1&2をはじめ素人をキャスティング

2人のマリエを演じたのは、まったくの素人だった。マリエ1役のイトカ・ツェルホヴァーは当時学生。社会主義国ならではの、首都プラハに全国の若者が集まるイベントに参加した際、ヒティロヴァーたちが配布したビラを見てオーディションに参加し、選ばれた。

学生だったマリエ1役のイトカ・ツェルホヴァー [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
学生だったマリエ1役のイトカ・ツェルホヴァー [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

マリエ2のイヴァナ・カルバノヴァーは、帽子店勤務。何度オーディションをしても、イメージに合う女優が見つからず、困り果てた時に、監督が映画館でおしゃべりをしているカルバノヴァーの声を気に入って、キャスティングした。

帽子店に勤務していたマリエ2のイヴァナ・カルバノヴァー [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
帽子店に勤務していたマリエ2のイヴァナ・カルバノヴァー [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

厳しく容赦がない監督として知られたヒティロヴァーは、現場で怒鳴ったりするのが当たり前。しかし2人のマリエへの指示が、「みんなの邪魔をして」だけだったこともあったという。ちなみに本作は、2人のマリエ以外の役に関しても、作曲家や衣装デザイナーなど、ほとんどをプロではない者が演じている。

「カワイイ!」のひと言に尽きるマリエのファッションや部屋のインテリア

ヒティロヴァーと共に『ひなぎく』を生みだす大きな役割を果たしたのが、美術、衣装、共同脚本を手掛けたエステル・クルンバホヴァー。まるで着せ替え人形のように変わる、2人のマリエのファッションや部屋のインテリアなどは、「カワイイ!」のひと言である。製作から60年経ったいまとなっても、まったく古びていない。クルンバホヴァー曰く、衣装とは単なる衣服のことではなく“出来事”なのだという。

撮影を手掛けたのは、ヒティロヴァー監督の私生活のパートナーでもあったヤロスラフ・クチェラ。彼によると本作の撮影が理想的だったのは、映画のルックを決めるために製作初期から、ヒティロヴァーと美術のクルンバホヴァー、そしてカメラマンのクチュラの3者の間で話し合いが行われたこと。これによって監督の一存ではなく、3つの才能で映画の方向性を決めていくこととなった。

“チェコ・ヌーヴェルヴァーグ”を象徴する『ひなぎく』を解説 [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
“チェコ・ヌーヴェルヴァーグ”を象徴する『ひなぎく』を解説 [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

破壊的なまでの新しさがセンセーションに

結果として『ひなぎく』は、監督1人では作り上げることができない、作品へと化けていった。完成して、まずその出来に驚いたのはヒティロヴァーだったという。映画の最初と最後に空爆のシーンがあることに象徴されているかのように、『ひなぎく』の破壊的なまでの新しさはセンセーションを巻き起こした。チェコの国会では、2人のマリエが料理を踏んづけるシーンについて「…国民、労働者が尽力しておいしい料理を作ったとしても無駄にされ、踏みにじられている」などと、真面目に議論されたという。その結果、国内での上映は禁止に。

破壊的なまでの新しさがセンセーションを巻き起こす [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
破壊的なまでの新しさがセンセーションを巻き起こす [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

その一方で、イタリアのベルガモ国際映画祭でグランプリを受賞したのがきっかけとなって、ヒティロヴァーの名声は欧米へと広がっていった。自由のないはずの社会主義国で、こうした映画が作られたことにショックを覚えた者も多かったという。

自由化からソ連の圧力にさらされた激動の時代

国内でも、著名な作家であるミラン・クンデラなど多くの知識人や市民が作品を擁護。『ひなぎく』の上映は、いったんは解禁された。それはまさに、国家による検閲が緩くなっていたことを示してもいた。

『ひなぎく』発表の2年後、1968年春。チェコでは政治指導者のアレクサンデル・ドゥプチェクによって、「人間の顔をした社会主義」が打ちだされ、様々な自由化が行われた。いわゆる「プラハの春」が訪れたのである。しかしその年の夏には、ソ連から戦車隊が差し向けられた。「プラハの春」は、短命に終わってしまう。そして『ひなぎく』は再び上映禁止となり、ヒティロヴァーは1969年から76年まで、活動停止を命じられることとなった。

チェコの国会でも議論を呼び、上映禁止になってしまう [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
チェコの国会でも議論を呼び、上映禁止になってしまう [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

日本でも「60年代女の子映画の決定版」として人気に

日本で初公開されて、「60年代女の子映画の決定版」と支持を集めたのは、1991年になってから。その頃には、ベルリンの壁は崩れ、チェコスロバキアも民主化が進められていた。

いわゆる“渋谷系”の若者などを軸に、日本で『ひなぎく』が人気となったのは、「カワイイ!」ビジュアルに負うところが大きかったのだろう。しかし既存のルールに囚われることなく、破壊行為を行う2人のマリエは、監督らの「自由を求める」意識を具現化した存在。そんな底意があっての「カワイイ!」なのである。

【写真を見る】「カワイイ!」と“渋谷系”の若者にも人気となった『ひなぎく』のビジュアル [c] Czech audiovisual fund, source: NFA
【写真を見る】「カワイイ!」と“渋谷系”の若者にも人気となった『ひなぎく』のビジュアル [c] Czech audiovisual fund, source: NFA

製作60周年を記念して公開された今回の『ひなぎく 4Kレストア版』。ヴェラ・ヒティロヴァー監督が唱えた、「破壊と創造は表裏一体」というテーマをより鮮明な映像で楽しんでいただきたい。

文/松崎まこと

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