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『ウィキッド 永遠の約束』を見る前に知ってほしい8つのこと。今の日本でも他人事ではない理由

  • 2026.3.10
『ウィキッド 永遠の約束』について、作品の立ち位置や、新たな楽曲など、見る前に知ってほしい8つのことのことを解説しましょう。日本でもまったく他人事ではない問題が描かれていることは、前編から続けて見るからこそ分かるのです。(※画像出典:(C) Universal Studios. All Rights Reserved.)
『ウィキッド 永遠の約束』について、作品の立ち位置や、新たな楽曲など、見る前に知ってほしい8つのことのことを解説しましょう。日本でもまったく他人事ではない問題が描かれていることは、前編から続けて見るからこそ分かるのです。(※画像出典:(C) Universal Studios. All Rights Reserved.)

『ウィキッド 永遠の約束』が3月6日より劇場公開中。本作は日本では2025年3月7日に公開された『ウィキッド ふたりの魔女』に続く、2部作の「後編」に当たります。

結論から言えば、前編を鑑賞済みの人は劇場で鑑賞しない理由がまったくない堂々の「完結編」であり、2部作を併せてミュージカル映画の頂点といえる完成度でした。そして、前編にも増して「今の世界、そして日本にある物語」であると思えたのです。ネタバレにならない範囲で、見る前に知ってほしい見どころをまとめておきましょう。

1:上映時間は前作よりも短め

前編『ふたりの魔女』は2時間30分を超える上映時間が鑑賞のハードルになっていましたが、今回の『永遠の約束』は2時間17分と少し短くなっています。

それでも、劇場の音響で、世界最高峰の音楽を、めいっぱいに「浴びる」体験こそが重要な内容なので、途中退席などせぬよう、直前にトイレは済ませておきましょう。

2:楽曲を完璧に日本語化した、吹き替え版もおすすめ!

筆者は吹き替え版の試写で見たのですが、清水美依紗や高畑充希や大塚芳忠といったキャストたちの演技と歌唱、楽曲それぞれで「リップシンク」もする聞き取りやすい訳詞に至るまで、完璧な仕上がりでした。それもそのはず、音楽プロデューサーの蔦谷好位置は『SING/シング』でも見事な「楽曲も含めて完璧に日本語化する」素晴らしい吹き替えを世に送り出していました。日本語訳詞のいしわたり淳治、台詞演出の三間雅文の仕事も、もっと称賛されるべきでしょう。

とはいえ、劇中の歌唱はもともとすべてが「撮影での生歌録音」がされている、つまりは元となるミュージカルさながらの「本当にその場で歌っている」ことも映画『ウィキッド』の大きな魅力です。つまり、字幕版でなければ、その「生」の感覚がどうしても失われてしまうということでもあるので、まずは字幕版を先に見て、2回目は吹き替え版で見てみる、という順番がいいのかもしれません。

3:「4度のアップデート」を経た映画化

前提として、映画『ウィキッド』の「原作の原作の原作の原作」となるのは、1900年に出版された児童小説『オズの魔法使い』。1939年に公開された映画『オズの魔法使』で広く知られるようになりました。その古典化した物語を「悪い魔女」の視点から語り直した二次創作の小説『ウィキッド』が1995年に発表されました。さらにさらに、その『ウィキッド』の2003年に初演を迎えたブロードウェイミュージカル版が大ヒットし、日本でも劇団四季による公演が根強い人気を誇っています。つまりは、100年以上前に書かれた児童小説から、映画版→二次創作の小説→その舞台版→映画化という過程を経て、今回の2部作の映画『ウィキッド』が誕生しているのです。その都度「アップデート」を繰り返したからこそ、後述する社会批評性がより「今の時代を映し出したもの」になっているとも言えるでしょう。

4:前編および映画『オズの魔法使』の鑑賞はほぼ必須?

そして、2部作の後編となる今回の『永遠の約束』は、前編となる『ふたりの魔女』は言うまでもなく、映画『オズの魔法使』も事前に見ておくことを強くおすすめします。

前編は2人の女性が友情を育む分かりやすい物語として、予備知識ゼロでも問題なく楽しめる内容でした。そして、今回の後編ではガッツリと映画『オズの魔法使』とリンクする、サプライズとも言える展開があるのです。

具体的な理由はネタバレになるので書けないのですが、もしも今回の映画『ウィキッド』を先に見てしまうと→『オズの魔法使』の主人公の少女・ドロシーの活躍に、良い意味でも悪い意味でも、「居心地の悪さ」を過剰に感じてしまう可能性があると思います。その『オズの魔法使』はU-NEXTなどの配信サービスで見やすくなっているので、この機会にぜひ気軽に触れてみてほしいです。

5:完全に「あわせて作られた2部作」だった

ハリウッドの大作映画は言うまでもなく莫大な予算がかかるため、「1作目が大ヒットしてようやく続編にゴーサインが出る」というステップを踏むことがほとんど。

しかしながら、今回の『ウィキッド』は「2部作が同時に作られた」作品です。壮大なセットは2部作に渡って最大限に活用され、全スタッフは当然2本分の仕事を並行して進めていましたし、もちろん脚本も2部作が同時進行で執筆されています。

(C) Universal Studios. All Rights Reserved.
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だからこそ「前編で後編の布石となる要素をちりばめておく」「後編を見た時に1作目の記憶がこだまする」という、2部作の構成を完全に活かした作りになっており、裏を返せば「どちらか片方の作品だけでは成立し得ない作品」になっています。

さらに、ジョン・M・チュウ監督は「前編の『ふたりの魔女』は、後編の『永遠の約束』に向かって感情を積み上げていくための映画だった」とも語っています。前編だけでも大いに盛り上がった要素それぞれに「決着をつける」ような印象もまた、必ず前編を先に見てほしい理由になっています。

6:新たな2つの楽曲の意図

ジョン・M・チュウ監督は「前後編に分けると決めた時点で、『永遠の約束』に追加の要素を入れる必要があるのは明らかでした。そうしないと、このふたりの女性の物語や再び繋がるための苦難を、完全には伝えきれないからです」と語っています。

それは後述する「分断からの選択」に絡む物語の広がりのほか、音楽の面でも元のミュージカルからの「プラスα」がありました。

(C) Universal Studios. All Rights Reserved.
(C) Universal Studios. All Rights Reserved.

具体的には、作曲家のスティーヴン・シュワルツは、今回の後編『永遠の約束』のために、グリンダが歌う「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」と、エルファバが歌う「ノー・プレイス・ライク・ホーム」を新たに書き下ろしています。

そして、前編『ふたりの魔女』でも感じていた、「歌われていることと本人が抱えている感情が違う」という、ミュージカル作品ならではのアンビバレンス(1つの事象に対して相反する感情や態度を同時に抱くこと)が、今回の後編『永遠の約束』ではさらに際立っていました。

例えば、グリンダが後述するように「これまでとは違う生き方」を選んだこと、もっといえば真相から隔離されている様、さらには破裂してしまいそうな感情が「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」、つまりは「シャボン玉の中にいる少女」という、表向きには明るく思える楽曲でこそ示されている、という見方ができます。一方でエルファバが歌う「ノー・プレイス・ライク・ホーム」、つまりは「家より良い場所はない」という歌は、彼女が「いかに元々いたオズという場所を愛しているか」を示した楽曲といえます。彼女は幼少期からオズという場所で差別を受けており、決して良い思い出ばかりではなかったはずなのに、「それでも」と「故郷を良くしたい」気持ちが表れているのです。さらに、元のミュージカルからあった「ワンダフル」の楽曲では、歌唱にグリンダが加わったことで、いくつかの歌詞が追加されていて、それらは前編のラストでエルファバが歌った「デファイング・グラビティ」への「受け答え」になっているところもあるそうです。それぞれの歌詞を照らし合わせながら、見てみるのも一興でしょう。

7:「分断からの選択」に絡む「対比」の描写

今回の後編『永遠の約束』の物語で特に重要なのは、「善い魔女」となったグリンダと、「悪い魔女」となったエルファバがそれぞれ「分断からの選択」を迫られることと、それに至るまでの残酷なまでの「対比」でしょう。

グリンダは希望の象徴として名声と人気を手にするも、ほとんど「祭り上げられている」「為政者に人気を利用されている」という立場。そのことをグリンダは半ば気づいており、さらに親友であったエルファバとの決別が、暗い影を落とすことになります。一方で、エルファバは言葉を奪われた動物たちの自由のために、ほぼ「孤独」のままで戦うことを決意しています。そのエルファバが中盤でおぞましい真相が明らかになる「ある場所」を歩くシーンも含めて、グリンダの「きらびやかな道を進んでいるように見えるが、実際には彼女は真実から切り離されている」立場と、目に見える形で正反対になっているのです。さらには、2人はフィエロという護衛隊の隊長を巡っても対立をしてしまいます。「男性を取り合う」と書くと物語が矮小化されたような印象もありますが、実際の劇中でもその様をこっけいに描く場面があり、2人の仲違いそのものが「悲しくもおかしい」というバランスで示されてもいるのです。

(C) Universal Studios. All Rights Reserved.
(C) Universal Studios. All Rights Reserved.

もちろん、決定的に対立した2人の関係は「笑って終われる」ようなものではありません。むしろ、前編の冒頭ではっきり示されたように、「グリンダにとっての最愛の友人であるエルファバが、多くの人にとっての『悪』になった上に、死んだことが人々から喜ばれてしまう」という「バッドエンドが確定している物語」なのです。

だからこそ、固唾を飲んで2人の行く末を追ってしまう内容とも言えますし、その「確定した結末だけが真実ではない」物語こそを、楽しみにしてほしいです。

8:「差別と迫害」を描いた物語だからこそ

映画『ウィキッド』2部作を続けて見ると、人類史にある「差別と迫害」の問題をはっきり描いていることが、より伝わるでしょう。

前編から、車いすの女性(エルファバの妹のネッサローズ)や多様な人種が住まうオズという場所は、多様性があるように見える一方、ヤギの教授が文字通りに「スケープゴート」にされるなど、言葉を話す動物たちが政治的に排斥されてしまいます。それは、これまで世界中にあった人種差別や迫害、さらには日本にはびこる排外主義の価値観にも当てはまっています。

(C) Universal Studios. All Rights Reserved.
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一見すると無垢な女性であるグリンダが、表向きは為政者として支持されるも、実際には真相の「隠れ蓑」のような存在になっているというのも、残念ながら他人事ではない問題でしょう。

その差別や偏見や排外主義に「反抗」することが、いかに難しいかも丹念に描かれています。一方で安易にその価値観に「迎合」することもしません。そして、己の価値観と周りの状況との板挟みになるグリンダとエルファバが、それぞれの葛藤を経ての行動と、「結末のその先」に待ち受けけていたことに、筆者は涙を禁じ得ませんでした。

(C) Universal Studios. All Rights Reserved.
(C) Universal Studios. All Rights Reserved.

それは安易な解決策では決してないし、むしろ「課題」が、この映画を見る多くの人の未来に託された、という言い方もできるでしょう。それをもって、この『ウィキッド』の物語が、より良い未来の足がかりになることを、願わずにはいられない……それこそが、この映画の最大の価値なのかもしれません。

この記事の執筆者: ヒナタカ
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。

文:ヒナタカ

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