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又吉直樹の新作小説『生きとるわ』を語る会/第3回「又吉直樹じゃなければよかったかもしれない」(詩人・黒川隆介)

  • 2026.3.7

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又吉直樹が6年ぶりとなる小説『生きとるわ』を上梓した。発売を記念して、又吉さんと親交のある表現者たちが声を寄せる本企画。第3回は、詩人の黒川隆介さんが『生きとるわ』に触発され紡いだ詩『残塁』と随筆『又吉直樹じゃなければよかったかもしれない』を寄稿してくれた。二人の出会いは数年前、黒川さんの自費出版の詩集を読んだ又吉さんが長文のメッセージを送ったことから仲が深まり、間もなく飲み仲間となった。そして黒川さんにとっての商業出版デビュー作となる詩集『生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる』には、過剰な熱量の解説文が又吉さんから寄せられた。常人には想像できないほど繊細な感覚で言葉を捉え操る黒川さんの目前には、『生きとるわ』によってどのような景色が立ち上がったのだろうか。

撮影=新妻誠一

又吉直樹じゃなければよかったかもしれない

スティーヴン・キングがリチャード・バックマンであった必要を考える。又吉直樹が別の名を持っていたとしたら、この見慣れない名の作家は突如顕れた傑物だと一躍騒ぎ立てられたであろう。名を持つということは色を持たれるということでもある。日々に足掻き、己に踠き、世を疑い夜を信じる流転の底から伸ばした手でペンを握り、塗られた色さえ書き放たんとする気概。今日の作家たちが避けたものを拾い、文学から溢れてしまったインクを一手に引き受けているような作家を他に見ないが、自分を含めた同業者並びに評論家や読書屋のお眼鏡のレンズは如何様だろうか。

単行本化される前の連載中、発売日の度に本屋へ急いだ。少年期にジャンプを買いに走った過去を跨ぐ自分に読書のあり様を思い起こし、文人は机の外でこそ書き、本のなかに浮世を生むものだと再認識させられた。それはカメハメ波を撃つ孫悟空に出会った日の高鳴りであり、羅生門を開いた初めての陽の脈打つ鼓動であり、ジャンルや名前なんてものを越えたところに生きた文士たちの背中である。その背中と重なる背中がいま生きている奇蹟。

開かれたページからは酒のにおいが漂い、お盆に乗せられ運ばれてくるお茶にテキーラを思いむせ返り、耳の奥に汗ばむ不安に人生を震わし、「なんか」の最適活用を示したかと思えば勧めた本は貸さずに「自分で買いに行け」と答え、他に選択肢がないので一緒に並んで歩き、いじめのような三対一の構図は許さず、流れの借金という熟語を生み、レコードに触れる指先に人格を宿し、後悔に踏まれた絶望の叫びを聞き、そこにいない人間の日常に世界の大きさを見出し、ゾンビの首を噛んでは踊り場には無数の埃が光にうつされ白く浮かび、445Pが掌に沈む重さには作者の生き道が滲む。

一命を賭した運動のような書き筋とアベベの如き肺活量を持った上でのボルトじみた瞬発力。斬られた者が斬られたことに気が付かないほどの切先で、読後にようやく生き血が垂れていく。

純文学の世界にヒーローが戻ってきた。それはダークヒーローかもしれないが。

書名:生きとるわ

著者:又吉直樹

定価:2200円(10%税込)

発売:2026年1月28日(水)

発売・発行:株式会社文藝春秋

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163920603

書名:生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる

著者:黒川隆介

定価:2600円

発売:2025年6月12日

発売・発行:実業之日本社

https://www.j-n.co.jp/books/978-4-408-65157-6/

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