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「おめでとう」誕生日に届くお祝いLINE。でも私が向かう先は、母のいる施設。その理由は──

  • 2026.2.13

筆者の話です。
誕生日になると、お祝いのLINEがいくつも届きます。
けれど私には、毎年変わらず向かう場所がありました。

画像: 「おめでとう」誕生日に届くお祝いLINE。でも私が向かう先は、母のいる施設。その理由は──?

誕生日の先

誕生日の朝、スマートフォンを見ると、友人や知人からのお祝いのLINEが届いていました。
「おめでとう」「素敵な一年になりますように」
画面越しに伝わる言葉に、ありがたい気持ちが湧きます。

その一方で、私は毎年同じ準備をしていました。
特別な予定を入れるわけでもなく、身支度を整え、静かに家を出ます。
向かう先は、母が暮らしている施設でした。

変わる意味

以前の私にとって、誕生日は自分が祝われる日でした。
年齢を重ねるにつれて、その意味を考えることはあまりなくなっていたと思います。

けれど、母が施設で暮らすようになってから、少しずつ考え方が変わっていきました。
誕生日は、自分が生まれた日であると同時に、母が私を産んでくれた日でもある。
そう意識するようになってから、誕生日は母と向き合う日にしたいと思うようになったのです。

小さなケーキ

面会の日には、施設の許可を得て、いつも小さなケーキを一つだけ持っていきます。
派手なものではありませんが、二人で分けるにはちょうどいい大きさです。

「おめでとう」
そう微笑む母と言葉を交わしながら、持参したフォークでケーキを食べる時間があります。
短い面会時間でも、そのひとときは不思議と心が落ち着きました。
周りから見れば、地味な過ごし方かもしれません。

それでも私は、この時間を選んでいました。
特別なことを話さなくても、同じ時間を過ごしているだけで、十分だと感じられたのです。

愛おしい日

正直なところ、誕生日の数字が増えていくことに、少し憂うつさを覚える年齢にもなりました。
けれど、その数字を「母と出会ってきた年数」だと思うようになると、見え方が変わります。

自分を祝うだけの日ではなく、母と過ごしてきた時間を確かめる日。
そう考えると、誕生日は少し愛おしいものになりました。
こんな迎え方も、悪くないのかもしれないと感じています。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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