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父の死、悲しみよりも先に「誰に、どの順番で知らせるか」田舎ならではの『気遣い』で心がすり減ったワケ

  • 2026.2.12

筆者の話です。
父の葬式で、悲しむ間もなく「連絡の順番」に追われることになりました。
田舎ならではの気遣いが、思わぬ形で心を削っていきます。

画像: 父の死、悲しみよりも先に「誰に、どの順番で知らせるか」田舎ならではの『気遣い』で心がすり減ったワケ

連絡の判断

「誰に、どの順番で知らせるか」
父が亡くなったと聞いたとき、最初に頭をよぎったのは、その判断でした。
親戚が多く、昔からのつながりが濃い土地です。
連絡の順番ひとつで「配慮が足りない」「軽く扱われた」と受け取られてしまうことがある。
それを、これまで何度も見聞きしてきました。

悲しむ前に、名簿を思い浮かべ、頭の中で順番を組み立てていきます。
気持ちより先に、社会的な正解としての判断が求められていました。

気遣い疲れ

電話をかけるたび、声の調子や言葉選びに神経を使います。
落ち着いて伝えようと意識しながらも、相手の反応に気持ちが揺れました。「もう知ってるよ」と言われると、胸の奥がざわつきます。
「まだ聞いてない」と返されれば、遅れたのではないかと焦りが生まれる。
そのたびに、自分の判断を頭の中で繰り返し確認していました。
悲しさよりも先に、配慮と判断が積み重なっていきます。
気づけば、深く息を吐く余裕もなくなっていました。
本来、最も悲しむべきはずの遺族が、最も気を遣わなければならないという矛盾の中にいました。

怒りの矛先

そんな中「ほかの人から聞いた」と怒り、葬儀に来なかった親戚がいました。
先に聞いた親戚が良かれと思って連絡をしてしまっていたらしいのです。
直接伝えられなかったことへの不満を、強い言葉でぶつけられました。

説明しようと口を開いても、気持ちが追いつきません。
何をどう言えばいいのか分からず、言葉が途切れてしまいました。

悲しみの場で、感情の矛先を受け止めること。
それが、何より重く感じられた瞬間でした。

残った思い

体の疲れよりも、心を配り続けた疲労が、あとから静かに残りました。
父を見送る時間だったはずなのに「ただ悲しみたかった」という思いが胸に残ります。

すべてに応えようとしなくても、よかったのかもしれない。
完璧な順序で誰かを満足させることより、自分の心で父と向き合う時間こそが、一番大切だったのではないか。
そう思えたことで、少しずつ気持ちを整理できるようになりました。

世間が求める「正しい手順」はあるけれど、悲しみ方にも、きっと順番はない。
そう気づけたことが、私にとっての小さな救いだったのです。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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