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『クスノキの番人』が“派手ではないアニメ映画”の究極系だった理由。伊藤智彦監督が掲げた「3つの柱」

  • 2026.1.31
アニメ映画『クスノキの番人』は「派手ではない」からこそ素晴らしい作品でした。伊藤智彦監督が掲げた「3つの柱」を軸に、魅力を解説しましょう。(※画像出典:(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会)
アニメ映画『クスノキの番人』は「派手ではない」からこそ素晴らしい作品でした。伊藤智彦監督が掲げた「3つの柱」を軸に、魅力を解説しましょう。(※画像出典:(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会)

1月30日より、東野圭吾の小説を初めてアニメーションで映画化した『クスノキの番人』が劇場公開中です。

「派手ではない」アニメ映画の究極系

本作の最大の特徴は、後述するあらすじや設定から分かる通り「まったく派手ではない」こと。実際に伊藤智彦監督は企画を周囲に話す際、以下のような反応に何度も直面したそうです。

「「派手なアクションもない、SFでもない、ホラーでもない。『どうしてこの作品を(アニメで)やろうと思ったんですか?』ってよく言われるんですけど(笑)こういうアニメーションも誰かが作らないと、途絶えてしまいます」」

メインのジャンルはヒューマンドラマで、ほんの少しファンタジー要素もある、というバランスのため、言ってしまえば「実写でも映像化はできる」内容ではあるでしょう。『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』など「超絶作画のアクション」が見どころとなるアニメ映画とは対照的な試みなのも確かです。

しかしながら、実際の本編は「この物語をアニメ映画にしてもらって良かった……!」と心から思える、伊藤監督とスタッフの挑戦が報われている、終盤はずっと目頭が熱くなる、素晴らしい作品だったのです。また、原作小説にわずかにあった性的な言及は映画にはありません。言葉がやや難しいところはあるものの、小学校高学年くらいからであれば楽しめるでしょう。

何より、主人公の境遇やメッセージ性からすれば、若者にこそ見てほしいと心から願うことができました。その理由を、本編の魅力とともに記していきましょう。

謎解きは最重要ではない、その上で掲げた「3本の柱」とは

本作のあらすじは、理不尽な解雇により職を失った青年が、追い詰められた上に過ちを犯して逮捕までされるものの、伯母を名乗る人物から「クスノキの番人」になることを命じられる、というものです。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

クスノキの元に人が訪れるのは「祈念(きねん)」のため。祈ることで自身の願いが叶うと本当に信じている(?)ようなので、主人公は「本当にそんなことがあるの?」と疑います。

そこには「祈念する時期が、新月の時期と満月の時期の2度あるのはなぜなのか?」といった謎もありますし、原作小説では「祈願や願掛けではなく、祈念という言葉を使う理由は?」という問いかけもされていました。

そうした「クスノキにまつわる秘密」のミステリーが物語をけん引している……のですが、伊藤監督は「原作はヒューマンドラマの方に重心が置かれている」「謎解きが最重要というわけではない」と考えていたそうです。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

しかも『クスノキの番人』の世界をアニメーションとして立ち上げるため、伊藤監督は制作の前に、以下の「3本の柱」を掲げていたといいます。

「1. ファンタジー性のあるヒューマンドラマとして描く
2. 静かなストーリーだからこそ、アートな画面を作る
3. 物語の重要人物である千舟をかっこよく描く」

この3本の柱は、実際に制作のあらゆる工程における重要な判断基準となったのだとか。そして、その3本の柱こそが、この『クスノキの番人』を特別な作品にしていたのです。

孤独な主人公が成長していく群像劇だった

筆者個人が「1. ファンタジー性のあるヒューマンドラマ」に相当すると思えたことは、複数のキャラクターの思惑が交錯する群像劇であることと、彼ら彼女らに出会うことで主人公が成長していく過程でした。

何しろ、主人公が出会うのは、好奇心旺盛(おうせい)で愛らしい大学生の女性、愛人を囲っている疑いを持たれてしまう父親、ぶっきらぼうに見える和菓子メーカー社長の息子といった、個性的なキャラクターたち。それぞれが初めから魅力的に映るのですが、やがて「それだけではない」違う面を見せていくのです。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

主人公はこれまでほぼ天涯孤独で、傍にいたのは犯罪行為を持ちかけてくるような、悪友とさえ呼べない人物くらい。しかも人生の道筋を見つけられずにいるばかりか、重要な選択を「コインを投げて表か裏」に任せるという主体性のなさ……。

そんな彼がどのように変わっていくのか。それはほんの小さな変化から始まるのですが、やがて「気付き」を経て、自分や誰かの人生を大きく変えていく……そんな尊い物語に期待してほしいですし、それは同様の悩みを持つ若者へのエールになると思うのです。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

そして、メインとなるヒューマンドラマには、確かに「クスノキにまつわる秘密」という謎解きおよび、ファンタジー要素も介在しています。

しかしながら、ファンタジーで全てを解決してしまうような安易さにも陥っていません。クスノキの秘密は登場人物の行動や成長を少しだけ促すもの、もしくは「想い」そのものに絡んでいるというくらいで、究極的には現実にもあり得ると思える、自分自身へフィードバックできる物語になっているのです。

丹念なロケが報われる、淡く柔らかい質感の風景描写

伊藤監督が掲げた「2.静かなストーリーだからこそ、アートな画面を作る」ことも、確かに本編では重要でした。その1つが、物語の核となるクスノキの「荘厳」とさえいえる美しさと大きさです。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

そのクスノキに明確な実在モデルはないものの、伊藤監督がイメージしていたのは、屋久島の縄文杉(※高さ約25m)をも凌ぐ、その倍ほどの存在感を持つ木だったのだとか。「実在しない巨大なクスノキを描ける」というのも、アニメ化の大きな意義でしょう。

しかも、伊藤監督は東京の外れまで足を延ばし、(原作の舞台と)似た空気の漂う場所を探すという日々を送っていたほか、「ひとりで自転車に乗ってあちこち回っていた」「スタッフを連れて行く前に3、4回は同じ場所を見に行っています」と語るほどに、ロケーションへのこだわりもあったのだとか。

伊藤監督の目に映った風景を再現したのは、『君の名は。』などの幻想的な風景を描いてきた美術監督・滝口比呂志。作品全体にどこか淡く柔らかい質感を与えており、それらが「人の優しさ」を多分に感じられる物語と見事にマッチしていました。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

本作はメインの物語に確かなエンタメ性がありつつも、風景に見惚れるアート作品としても見られるため、その意味でも劇場で「浸る」ように堪能してほしいです。

天海祐希ボイスの60代の女性がとにかくカッコいい!

伊藤監督が挙げた3本の柱のうち、「3. 物語の重要人物である千舟をかっこよく描く」だけがやけにピンポイントに思えますが、それはかなり重要だと思えました。何しろ柳澤千舟というキャラクターは「もう1人の主人公」と言える存在感だったのですから。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

女性である千舟を魅力的に描くという方針は、キャラクターデザインに大きく影響を与えたそうです。「現代日本を舞台にしたアニメーションは、どうしてもデザインの幅が狭くなる」と感じていた伊藤監督は、漫画『ブルーピリオド』の作者である山口つばさと、『かがみの孤城』で作画監督を務めた板垣彰子に対して、リアルな人物描写と漫画的キャラクターが同居することを志向し、“日本人らしさ”にとらわれない表現を提案したのだとか。

さらに重要なのは、天海祐希というボイスキャスト。伊藤監督は自宅で原作を読みながら妻と話をしている中で、天海祐希の名が挙がってからは、千舟のセリフを天海祐希の声のイメージでしか読めなかったそうで、「もし断られたらどうしよう」とさえ思っていたのだとか。こうして誕生したのは、少年少女の活躍を推すアニメ作品が多い中ではとても珍しい、白髪やスーツ姿やメイク、さらには「有無を言わせない言葉の強さ」までも含めて「カッコいい60代の女性」でした。

ドラマ『女王の教室』(日本テレビ系)も連想する天海祐希の声で「愚かですね」と言われると反論できなくなってしまいそうですし、さらにはとある場面で「弱さ」を見せることも含めて完璧な演技とハマりっぷりで、もう彼女以外のキャスティングは考えられないほどです。

もちろん、無気力なようで次第に人生の道を見つけていく主人公を演じた高橋文哉、ちょっと猪突猛進なところも含めてかわいい齋藤飛鳥、不良性をにじませながら期待や責任の重さを感じている大場壮貴、普段は穏やかなようで激情も隠せなくなる大沢たかおと、ほかのボイスキャストも文句なしのキャスティングと好演なので、それぞれのファンにも必見作でしょう。

アニメだからこそ「現実でもこうなんだよなあ」な感情を描ける

『クスノキの番人』は最初に掲げたように、派手なアクションで魅せるタイプの作品ではまったくありません。しかしながら……いや、だからこそ、アニメで描ける「感情」がとても豊かで繊細なことに気付けるのではないでしょうか。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

例えば、主人公が近くの誰かの気持ちを「察した」時の表情の変化、彼が出会うキャラクターそれぞれの人々の「仕草」などが、言葉よりも雄弁に「語っている」と思えたのです。

それは、実写映画での俳優の力でも語れることなのかもしれません。しかし、アニメで「現実でもこうなんだよなあ」と思える感情を描いてこその、気付きや感動があるということは、高畑勲監督や片渕須直監督が挑戦し続けた、「静かだけど豊かなアニメ」の魅力であり、それこそを『クスノキの番人』は突き詰めていたといえます。

また、伊藤監督は「SNSの短い動画で情報を受け取る人も多い時代ですが、2時間かけて1つの映像に集中する体験は、現代ではむしろぜいたくになっているんじゃないかと。外から遮断された暗闇の中でスクリーンだけに意識を向け続ける。それはある意味、宗教的とさえ言えるほど特別な時間だと思うんです」と語っています。

(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会
(c)東野圭吾/アニメ「クスノキの番人」製作委員会

派手な画や見せ場がある作品ももちろん映画館で映えますが、個人的には静かなヒューマンドラマでこそ、登場人物の微細な感情の変化に気付くことができるので、映画館で見たいと思うことがよくあります。

それはまさにこの『クスノキの番人』にも当てはまっており、映画館という空間で集中して見ていたからこその、思わず感涙してしまう感情を、クライマックスで「見つける」ことができたのです。

また、原作者の東野圭吾は、執筆にあたって「アニメーションになれば素晴らしいのでは」と思っていたそうです。その理由は「いつも以上に空想力を必要とした」「超自然的な現象が頻繁に出てくるので実写化するのは難しいだろう」という考えにもあったのだとか。

その原作者の意向に沿った「アニメ化の意義」を、超自然的な現象が起こるファンタジーだからだけではない、ヒューマンドラマの中にある感情にも見つけることができたのが、うれしい驚きでした。

「ご褒美」が用意された再構成も完璧

本作は原作から1本のアニメ映画にするための「再構成と調整」も完璧といえます。

原作は小説なので状況や心理を事細かに記せているのですが、映画では会話がタイトに切り詰められていたり、説明が省略されている場面も多くあります。しかし、映画のほんのわずかな言葉や描写から、それらが過不足なく伝わっていたことに驚きました。序盤に重要な人物が前もって登場するなど、ダイナミズムをより強調した構成は、約2時間で一気に見る映画として大きなプラスになっています。

さらには、主人公が中盤で自己嫌悪に陥る様が、原作よりも苛烈に感じられる改変がされており、そこからの「復帰」がアニメ映画独自の挿入歌の演出もあって、劇中で屈指の感動を呼ぶことにもつながっていました。脚本を担当した岸本卓は『ハイキュー‼』や『僕だけがいない街』など多数のテレビアニメでのシリーズ構成と脚本を手掛けており、今回もその手腕がいかんなく発揮されていたのです。しかも、伊藤監督は「シナリオ会議では初期段階から『玲斗(主人公)にご褒美をあげたい』という話をしていて。それが原作にはない展開へと繋がっていったんです」と語っています。

それは、原作を読んでいない人にとってもご褒美のようなサプライズでもあり、初めてこの物語に触れる人にとっても大きな感動があることでしょう。繰り返し記したように、ぜひ劇場でこそご覧になってほしいです。
文:ヒナタカ

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