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同盟は一夜で崩れた!浅井家の裏切りが豊臣兄弟にもたらしたものとは!?【ミスター武士道の大河読み】

  • 2026.1.31

2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』で注目される豊臣秀長。「彼がいなければ秀吉は天下を取れなかった」とまで言われる、日本史上最高のナンバー2とはどんな人物だったのか?戦国時代を知り尽くした歴史系YouTuber・ミスター武士道の独自視点で、大河ドラマでは語られない豊臣秀長のリアルを紐解きます!

浅井家の裏切り

金ヶ崎で起きた、想定外の裏切り

それでは、本来婚姻同盟を結んでいたはずの織田家と浅井家が、なぜ戦うことになったのか、その経緯を整理しておきましょう。

足利義昭の命を受け、織田信長は越前の朝倉氏討伐に出陣します。織田軍は金ヶ崎城を攻略しますが、ここで思いもよらぬ事態が起こります。

同盟相手であった北近江の浅井長政が、突如として信長の背後を突いたのです(金ヶ崎の戦い・元亀元年・1570)。

浅井長政は、なぜ信長を裏切ったのか

信長はこの裏切りをすぐには信じられず、当初は敵の偽情報だと考えていたといわれます。

しかし、妹・お市の方から両端を結んだ小豆袋が届き、浅井の裏切りを確信したという逸話が残っています。

浅井長政が信長を裏切った明確な理由は不明ですが、長政は長年従ってきた朝倉義景との関係を断ち切れなかったと考えられています。

結果として浅井家は、織田ではなく朝倉を選ぶ道を取りました。

近江を任された兄弟、信長の信頼

不意を突かれた信長は京都へ撤退します。これが「金ヶ崎の退き口」です。このとき、秀吉が殿を務めたことはよく知られています。

その後、信長は浅井討伐のため北近江へ進軍し、姉川の戦い(元亀元年・1570)で織田軍が勝利。戦後、最前線となる横山城の城主に抜擢されたのが秀吉でした。

横山城は美濃と京都を結ぶ要衝であり、この重要拠点を任されたことから、信長が秀吉を高く評価していたことがうかがえます。

やがて浅井・朝倉は滅亡し、浅井旧領一帯は秀吉に与えられました。

近江は信長の本拠地と京都を結ぶ要地であり、ここを任された秀吉・秀長兄弟は、信長の厚い信頼を勝ち取ったといえるでしょう。

解説/ミスター武士道●独学で歴史解説や情報発信をする歴史系YouTuber。歴史解説チャンネル『戦国BANASHI』は登録者数20万人超え。歴史解説のほか、城跡や世界遺産を巡るロケ、専門家との対談などにも力を入れている。

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