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狂犬病キツネの異常行動を、肉眼より9〜16日前に「機械の目」が見抜いた

  • 2026.1.21
Credit:Canva

狂犬病は、一度発症するとほとんど助からない、とても危険なウイルスです。

そんなウイルスを研究するときは、動物に近づいて様子を細かく観察すること自体が、研究者にとって大きな危険になります。

フランス食品・環境・労働衛生安全庁(ANSES)で行われた研究によって、実験的に狂犬病ウイルスを注射された赤ギツネ4匹のお腹の中に小さなインプラントを入れ、体温と体の動き方をできるだけ長期間記録するという、かなり攻めた実験が行われました。

その結果、体温はほとんど平熱のゆれの範囲におさまっていた一方で、人間の肉眼で「具合が悪そうだ」と分かる9〜16日前から、キツネの「動き方」には静かな崩れが始まっていたことが分かりました。

この研究は、「もの言わぬ動物たちの苦しみを少しでも早めに察知する方法」の開発に役立つとも期待されます。

研究内容の詳細は2026年1月20日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 見た目はまだ元気な「感染者」を見分けたい理由
  • 人間が気付くよりも9~16日前から異常行動が起きていた
  • 動物福祉のため「もの言わぬ動物の苦しみ」を可視化する

見た目はまだ元気な「感染者」を見分けたい理由

見た目はまだ元気な「感染者」を見分けたい理由
見た目はまだ元気な「感染者」を見分けたい理由 / Credit:川勝康弘

ゾンビ映画では、見た目はまだ普通に歩いているのに、じつは中で“ゾンビ化”が進んでいる感染者がよく出てきます。

観客だけが「その人、すでにやばい」と知っていて、まわりの人たちは気づかない、あのじわじわした怖さです。

現実の世界で、そんなふうに「外から見ると元気そうな段階」を見分けることはできるのでしょうか。

もちろん映画のように一瞬でゾンビになることはありませんが、「見た目より少し早く、体の内側の変化をとらえたい」という発想そのものは、感染症の研究現場でもとても切実なテーマです。

特に狂犬病は、いったん発症するとほぼ致死的なウイルス感染症で、人にも動物にもとても危険な病気です。

コラム:ゾンビ映画と狂犬病
ゾンビパニック映画に出てくる「噛みつきでうつる謎のウイルス」は、実はかなりの部分が現実の狂犬病をモデルにしています。狂犬病ウイルスは脳に入り込んで炎症を起こし、性格や行動を大きく変えてしまいます。人や動物はふだん穏やかでも、発症すると急に攻撃的になったり、理由もなくうろつき回ったり、相手に噛みつこうとしたりします。映画のゾンビのように「噛みつき」が主な感染経路になっているのも同じです。また、狂犬病には数週間から数か月の潜伏期間があり、そのあいだは見た目がほぼ健康なこともありますが、いったん発症するとほぼ助からないという点も、「気づいたときには手遅れ」というゾンビものの絶望感とよく似ています。水を極端に怖がる「恐水症(こわいほど水を嫌がる症状)」や、音や光に過敏になってパニックを起こす姿も、フィクションのゾンビ的な描写をそのまま現実にしたような様相を見せます。

ヨーロッパでは赤キツネが長年ウイルスの「貯蔵庫」の役割を果たしてきました。

狂犬病の研究には、どうしても動物実験が伴いますが、高リスクのウイルスを扱う施設では、人が動物に近づく回数をできるだけ減らさなければなりません。

しかし狂犬病の症状がはっきり見えてくるのはたいてい死の数日前で、それ以前は「なんとなく元気がない」程度に見えることが多いと報告されています。

つまり「近づいてじっくり観察すること自体が危険」と「人間の肉眼では死ぬ直前まで感染個体が明確にわからない」という最悪の組み合わせです。

そこで今回の研究者たちは、赤ギツネの体の中にインプラントを埋め込み、体温と動きのデータだけから狂犬病の症状の出始めを早く捉える方法を確かめることにしました。

もし実現すれば、見た目はまだ普通なキツネたちの「体内で静かに進む狂犬病」や「それによる動物の苦しみ」を行動分析だけで特定できるかもしれません。

人間が気付くよりも9~16日前から異常行動が起きていた

人間が気付くよりも9~16日前から異常行動が起きていた
人間が気付くよりも9~16日前から異常行動が起きていた / Credit:Canva

体温や行動パターンを調べるだけで、狂犬病の進行を知ることができるのか?

答えを得るために、フランスの研究チームはまず、赤ギツネ4匹に親指ほどのインプラントを埋め込みました。

この装置は体温と体の揺れを10秒ごとに記録し、ケージの外に置いた受信機へ無線で送り続けます。

その4日後、今度は狂犬病ウイルスをこめかみ付近の筋肉に注射し、翌日から10日間を「元気なときの基準期間」、それ以降を「監視期間」として、データの揺れ方を比べるようにしました。

また肝心の行動データは、工場の品質管理で使われる「統計的プロセス管理」という考え方を持ち込みました。

基準期間の平均とばらつきをもとに、「ここまではふつうの揺れ」「ここから外れたら異常」という上限と下限の線を引くことで、狂犬病の進行などに伴って行動に異常が現れるタイミングを察知可能になります。

結果、3匹のキツネで、臨床症状が出る9〜16日前から連続した異常値が出続けていたことがわかりました。

人間の目で症状を見つけるより遥か前から「何かおかしい」と行動データが叫んでいたのです。

一方で、体温については驚くべきことに、感染して症状が出た3匹のキツネでは、どのキツネもだいたい36.9〜38.7度のあいだを行き来しており、「基準期間」と「監視期間」のあいだで統計的な差はほとんど見つかりませんでした。

この結果から見えてくるのは、「体温は意外とあてにならないが、動き方はかなり正直だ」という傾向が示されたことです。

もし体温計と人の目だけに頼っていたら、3匹のキツネは、死の1〜3日前まで「なんとなく元気そう」に見えていたかもしれません。

しかし、インプラントと統計モデルは、そのさらに1〜2週間も前から「普段のリズムが崩れ始めている」と教えてくれていました。

再びゾンビ映画にたとえるなら、見た目はまだ普通に歩いているのに、足音のリズムだけがじわじわ変わっている感染者を、マイクとパソコンが先に聞き分けていた、というイメージに近いでしょう。

動物福祉のため「もの言わぬ動物の苦しみ」を可視化する

動物福祉のため「もの言わぬ動物の苦しみ」を可視化する
動物福祉のため「もの言わぬ動物の苦しみ」を可視化する / Credit:Canva

今回の研究によって、「危険な病原体を扱う実験では、インプラントで動物の動きを監視することで、見た目よりずっと早く“具合の悪さ”の兆しをとらえられる可能性がある」ことが示唆されました。

連続するアラームは、「動物が言葉を持たないかわりに出している定量的なサイン」とみなすこともできます。

そしてこのサインを利用することで、狂犬病研究に使用される動物たちの苦しみが大きくなる前に、安楽死などの手段をとりやすくなるかもしれません。

動物実験そのものの是非とは別に、「やる以上は、どこからが本当に実験動物たちにとって地獄の苦しみなのかをちゃんと線引きしよう」という、現場寄りの問題意識がそこにはあります。

もし将来この技術が犬や猫などのペットに上手く適応できれば、彼らが「耐えられない苦しみ」にあるかどうかを判断し、飼い主としての最後の判断をする手助けができるかもしれません。

また最後に1つ、今回の研究で判明した意外な点を紹介します。

今回の研究では4匹のキツネに狂犬病ウイルスを投与しましたが、そのうちの1匹では最後まで典型的な症状を出さずに生き抜いたキツネがいたことが報告されています。

この個体は、行動の変化こそ見られたものの、少なくとも観察期間内には「ゾンビ化」することなく生き延びました。

「致死率ほぼ100%」とされる狂犬病でも、病気そのものの多様性や、個体差の大きさを改めて感じさせる結果でもあります。

元論文

Potential for real-time health and welfare monitoring in experimental rabies infection in red fox (Vulpes vulpes) using implants
https://doi.org/10.64898/2026.01.16.699951

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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