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【和田秀樹さん】「終活なんていらない!」好きなことだけやって大往生することがなぜ重要なのか?【2025年お金と安心部門TOP5】

  • 2026.1.2

【和田秀樹さん】「終活なんていらない!」好きなことだけやって大往生することがなぜ重要なのか?【2025年お金と安心部門TOP5】

2025年もあとわずか!ここでは、ゆうゆうtimeでよく読まれた2025年「お金と安心部門」の人気記事をもう一度お届けします。年金生活に入る頃から、気になり始めるいわゆる「終活」。大量の持ち物を整理したり、生活を縮小したり、あるいはエンディングノートを作ったり。後に遺される人たちの負担をなるべく減らすためにも「立つ鳥跡を濁さず」で、そうした準備は必要だよ、という人がいる一方、いやいやそんなものは不要だよという人も。老年精神科医の和田秀樹さんは後者。なぜ「終活」は要らないのか、その考えを全6回でご紹介します。今回は第1回です。

和田秀樹さん 精神科医

わだ・ひでき●精神科医。1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として35年以上にわたり医療の現場に携わっている。『80歳の壁』『70歳の正解』『逃げ上手は生き方上手』『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』『女80歳の壁』など著書多数。

どうせ死ぬんだから!

人生は理屈どおりにはいかない

35年以上高齢者専門の精神科医として、その医療に携わってきた精神科医の和田秀樹さん。多くの高齢者の現実を目の当たりにしてきた和田さんは「終活」は要らないと考えている。なぜならば、人間の生とはそんなに計算どおりに進むものではないということ、医療も万能ではないことを、多くの事例を見てきて学んだからだ。

「結局どんなに治療をしたって死ぬ人は死ぬし、けっこう不摂生していたって長生きする人は長生きするんです。人生は私たちが考えているほど理屈取りに行くものではないんですよね。私たち医学者は、二つの意味で医療の限界を認めざるを得ない。一つは、人の寿命を延ばしたり、高齢者の健康に寄与したりすることはそんなに簡単ではないということです。もう一つはそうした限界があるにしても、少しでもその状態をよくしたいのであれば、高齢者について大規模比較調査をやればいいのに、やっていないことです」

血圧を下げることが本当に高齢者にとって良いことか?

そうした大規模調査がきちんと行われていないにもかかわらず、世間では、血圧は130を超えたら薬を飲まなければいけないだとか、糖尿病の人についてHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の値を6.0以内に抑えろだとかいうことが「定説」のようになっている。

「でも、外国では随分前からHbA1cについては7.0から8.0の緩めな値でコントロールしたほうがいいという話になっているし、一日の食塩摂取量も10~15gの人たちが一番生存率が高いというデータがあるのに、日本では今だに7.5gでやっている。実験して、これぐらいが一番いいよと試すのが科学であるのに、それをやらずに根拠のない数字を高齢者に強いるのは、おかしいのではないかということなんですね。血圧だって本当に下げることが高齢者にとってよいことなのかどうかもわかっていない。もしも下げてよいことがあるとしたら、脳卒中が減るということですね」

しかし、1951年から80年まで日本人の死因のトップであった脳卒中だが、今はみんな血管が丈夫になってきたので、出血型の脳卒中で死ぬ人は、がんで死ぬ人の10分の1となっている。コレステロールを下げることも心筋梗塞にはいい。しかし、心筋梗塞で死ぬ人も、がんで死ぬ人の12分の1でしかないのだと、和田さんは言う。

「であるならば、今、私たちがもっとも考えるべきは、『がんで死なないこと』のほうなわけですよ。それには、まず塩分やコレステロールを下げるよりも、免疫力を上げたほうがいいということなんです」

死んだあとのことは「知ったことじゃない」

がんは、体のなかの「できそこない」の細胞が増殖して起こると考えられているが、その「できそこない」の細胞を掃除してくれる免疫細胞は、ストレスによって活性が大幅に落ちると言われている。つまり、我慢することががん死を招くこともあるのだ。そう考えると「健康のために」と我慢してまずいものを食べるより、食べたいものを食べて美味しいと感じるほうがいいし、明日のさまざまな数値を気にして今日の行動を縛るよりも、今楽しいと思うことをしたほうがいい。

「私が35年にわたって、高齢者医療の現場で診療をしてたどり着いた結論が、『人間はどうせ死ぬのだから、今を楽しみ、今を充実させたほうが、先の心配をするより、よほど現実的』であるということです。健康を気遣い、食べたいものを我慢し、飲みたいお酒を我慢しても、薬を飲んでいても、残念ながら死ぬときは死ぬ。年をとると先々のことばかり考えて、生活がどんどん内向きになっていくけれども、むしろ年をとって残り少ない人生になったのだからこそ、好きなことをなるべく我慢しないで人生を楽しんでいただきたいと思います」

高齢者ではなく「幸齢者」

死んだ後に人に迷惑をかけてはいけないと思う人が多いが、それだって「知ったことじゃない」。殆どの、たとえば遺された子どもたちなどは、親の死のお陰でいくばくかの財産ももらうことになるわけで、「迷惑」ばかりでもないはずだからだ。逆に、「迷惑をかけたくない」と言いながら、子どもや孫たちにお墓参りに来てほしいなどと思う人は多い。しかし、そのことが子どもや孫など次世代に強要することになっていないか、それを今一度考えるべきだ。つまり「終活」をして、あれこれ死んだ後のことを人に託すよりも、「死んだら関係は切れる」ぐらいに考えて、互いに気を遣わずに、生きている間に好きなことを思い切りして、死ぬまでいきいきと元気で活動できたほうがいいのではないか、ということなのだ。

「高齢者ではなく『幸齢者』だと私は思っています。『幸齢』はお金があるとか、社会的地位が高いということではなく、自分らしく好きなことをして生きていく世代のこと、本人が幸せを感じるのであれば、もうその人は『幸齢者』です。そういう人たちは、若い世代の希望にもなっていくはず。特に女性は、閉経後、男性ホルモンが増えることもあって元気になる。女性は自身が元気になるためにはお金も使うし、活動的。男性よりも生命力が旺盛なのは間違いありません。その女性たちに、より幸せで充実した『幸齢期』を送ってもらいたいと思っているんです」

撮影/佐山裕子(主婦の友社) 取材・文/志賀佳織 イラスト/ピクスタ
※この記事は「ゆうゆう」2025年5月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のため再編集しています。

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