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離婚、再婚、夫の認知症…67歳と73歳、二人の女性の人生の行方は?【白石一文さん】の最新作『睡蓮』

  • 2026.1.1

離婚、再婚、夫の認知症…67歳と73歳、二人の女性の人生の行方は?【白石一文さん】の最新作『睡蓮』

一人の男が他界して17年。元妻(73歳)と妹(67歳)が語り合う。そこから浮かび上がる真実とは? 愛の「リスタートと終活」を描く話題の恋愛長編『睡蓮』の著者・白石一文さんにお話を伺いました。

還暦を過ぎて、ときどき人生を振り返りたくなる

編集者を経て42歳で小説家デビュー。男と女、夫婦、家族、愛すること、愛されること、生と死などをテーマに、読む人の心を揺さぶる小説を書き続けてきた白石一文さん。『私という運命について』は永作博美、『一億円のさようなら』は上川隆也の主演でテレビドラマになり、『火口のふたり』は柄本佑、瀧内公美で映画化され注目された。

新作『睡蓮』は、67歳の櫻子、73歳の智子の二人が主人公。久しぶりに再会した櫻子と智子の会話を軸に、過去と現在を織り交ぜながら、ストーリーが進んでいく。

67歳と73歳、なぜこの年齢の女性を主人公にしたのか、白石さんに尋ねると、「小説を書いていて、ときどき、自分のことを書きたいと思うことがあるんです」と、意外な言葉が返ってきた。自分のことを書くために、67歳、73歳の女性を選んだというのは、どういうことなのだろうかを伺ってみた。

「『睡蓮』を書くにあたっては、自分の心境を表すようなものにしよう、と思いました。僕は男ですけれど、櫻子と同じ67歳。恋愛も会社などの組織的なことも、少し前までは近過去だったのが、還暦を過ぎて遠くなり、現役世代ではなくなったなと感じていて。ときどき、過去のことを振り返りたくなるんです」

櫻子は結婚し子どもを産むが、36歳で夫のもとに子どもを残し離婚、独身のまま新聞社に定年まで勤め、現在は、ボランティアで日本語教師をして暮らしている。智子は櫻子の兄、貴之と結婚し、男の子を産み育てるが、50歳を過ぎて離婚。その後、再婚し夫婦でおにぎり屋を経営し成功している。櫻子と智子をつなぐ重要な位置にいるのが、櫻子の兄であり智子の元夫である貴之だが、彼は17年前、56歳で他界している。

67歳と73 歳。二人の人生はどう続くのか

本作で櫻子と智子は「貴之」をキーワードに、過去を振り返る。子どもの頃から優秀だった貴之は東大卒業後、大手銀行に就職しエリートコースを歩む。櫻子いわく「小さい頃から寸分の隙もない完璧な男」。その完璧な貴之は保育園(!)で出会った智子を、「智子がいないと生きていけない」「自分の人生の目的は智子」というほど全身全霊で愛する。だが、智子はその愛の重さに息苦しさを覚える。「私は、ずっとあなたの人生の一部でしかなかった」「自分の人生を取り戻さなきゃならない」と告げ、28年に及ぶ結婚生活を捨て、貴之のもとを去る。貴之の死はその2年後だ。櫻子と智子は、それぞれ貴之の死にまつわる秘密を抱えていて、それが徐々に明らかになっていく。

「人生はいくつもの選択の積み重ねであり、それによって得られなかったものがあります。智子も離婚では大きな選択をしたわけですが、73歳の今、その決断を、どうとらえているのか。また櫻子も智子も、かつて経験したことを人生にどう役立ててきたのか、何を支えに生きてきたのか。そういったことを書きたかったんです」

読後、気になるのが、胸の奥にしまっていた秘密を打ち明けることで、一区切りをつけたと思われる智子と櫻子が、どう人生をリスタートさせるのか。本作では、この先は読者の想像へとゆだねられている。智子は夫の認知症という問題に向き合うことになるが、自分で選んだ自分の人生、きっと現実を受け入れて強く生きていくだろう。櫻子は、自立したおひとり様として自分の人生を生き抜いていくのだろう。

本書には、櫻子が仕事で出会った東大教授の「心がはつらつと若々しければ、人は生涯、青年のまま生きることだって全然できる」という言葉が出てくる。

「そのとおりだと思います。心を若く保つために必要なのが好奇心。本を読み、世の中の流れに興味をもつ。僕は興味がないことも、あえて知ろうとしています。好奇心をなくすのは、致命的だと思いますね」

自分の人生を支えているものは何か。ときどき、過去を振り返って考えます

近年、精力的に作品を発表し続けている白石さん。

「若い頃は小説家になりたい一心でしゃにむに書いていましたが、この年になって、その燃料がなくなってきました。昔の元気はないけれど、小説はどんどん書いていきたい。まわりの同年代の作家を見ていると作品数が少なくなっているんですね。自分はその逆をいこうと」

恋愛に現役感がない、という白石さんだが、ときどき恋愛をしている夢を見るそうだ。

「かつての恋愛がそんな夢になるのでしょう。目覚めて横で寝ている女房の顔を見ると、この人ともそういう感情のやりとりがあったんだなぁと。25年以上たっても、こうして一緒にいてくれるのは貴重だし、生きる支えだなぁと思いますね」

PROFILE
白石 一文さん

しらいし・かずふみ●1958年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
文藝春秋での勤務を経て、2000年『一瞬の光』で小説家デビュー。
09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、10年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。
『道』『代替伴侶』など著書多数。

※この記事は「ゆうゆう」2026年2月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

取材・文/田﨑佳子

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