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一世を風靡した人気芸人"借金地獄"で妻に放った「夜も働いてくれ」→一念発起を決めた“妻からの返答”

  • 2026.1.24

芸能界には、眩いスポットライトの裏で、多額の借金を背負いながらも笑顔を絶やさず歩んできた人たちがいます。今回は「借金を背負った過去がある芸能人」をテーマに、5名をセレクトしました。本記事ではその第4弾として、あご勇さんをご紹介します。月収800万円を誇った絶頂期から一転、事業の失敗と浪費で借金1000万円を抱え、結婚指輪まで手放すどん底へ――それでも60歳から再び人生を立て直した、あご勇さんの波乱万丈な半生とは――?

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

80年代を彩った人気芸人:月収800万円の豪快生活

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

1970年代、お笑い番組で鮮烈なデビューを果たしたあご勇さん。1975年頃には清水アキラさんらとコミックバンド“ザ・ハンダース”を結成しました。1978年にモノマネを前面に打ち出した『ハンダースの想い出の渚』が大ヒットし、一気にお茶の間の人気者となります。

勢いはそこで止まりません。1980年代の漫才ブームの波に乗り、桜金造さんとコンビ“アゴ&キンゾー”を結成すると、人気はさらに加速していきました。

全盛期の勢いは凄まじく、一時はレギュラー番組を12本も抱える超売れっ子でした。当時の収入について、あごさんは2019年12月12日に放送されたテレビ東京系『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~』の中で、(全盛期は)月収約300〜500万で、月に700〜800万円を稼いだこともあったと振り返っています。

同番組での発言によると、長財布の中には、10万円の札束が10本。合計で100万円ほどを入れたまま、後輩に気前よく奢り、夜の街を遊び歩く豪快な日々を謳歌していました。しかし、その華やかな豪遊の裏で、転落へのカウントダウンが始まっていたのです。

栄光からの転落

人気の絶頂にあった“アゴ&キンゾー”でしたが、活動期間はわずか3年で終わりを迎えます。酔っ払って現金を燃やすなど、破天荒な相方についていけなくなったあごさんが解散を申し出たことがきっかけでした。

その後は地元・千葉県へ戻り、プールバー“アーゴハウス”や焼き鳥店“婀吾尾鳥(あごおどり)”など、飲食店経営に挑戦します。しかし、ビジネスは甘くありませんでした。事業はことごとく失敗…。

さらに深刻だったのは、芸能人時代の派手な生活水準をなかなか手放せなかったことです。収入が減っても暮らしを変えられず、生活費を補うためにカードのキャッシングを繰り返す日々。借金は少しずつ、雪だるま式に増えていきました。

46歳を迎える頃には、負債総額が最大で1000万円の大台に達したといいます。かつてテレビで笑いを届けていたスターの姿はそこにはなく、借金取りに追われる毎日へと変わってしまったのでした。

あご勇を救った「妻の悲しい顔」

貧困生活はさらに続きます。前述の番組内での話によると、借金を返すため、あごさんは千葉にあった土地を手放しました。それでも足りず、最後には“結婚指輪”までも売り払うことになります。

生活は困窮を極め、近所の人から炊飯器や洋服を譲ってもらうほどでした。そんな状況でも、黙って寄り添い続けていたのが妻の聖子さんです。美容院に行く回数を数か月に一度まで減らし、百貨店での仕事を続けながら、必死に家計を支えていたのです。

そんなある日、追い詰められたあごさんは、決して言ってはならない一言を妻にぶつけてしまったと2019年12月12日に放送されたテレビ東京系『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~』の中で語っています。その一言とは「夜も働いてくれ」――。

その言葉を聞いた聖子さんは、悲しい表情で、「それはできないな」と答えたといいます。その顔を見た瞬間、「これはダメだ」と本当の意味で再起を決意したそうです。

60歳からの復活劇

一念発起したあごさんに、救いの手が差し伸べられます。旧知の仲である清水アキラさんを通じて紹介されたバス会社の社長から、「うちでバスツアーをやろう」と声をかけられたのです。

あごさんは、かつてのタレントとしてのプライドをきっぱりと手放しました。そして2017年、還暦という節目の年に、準国家資格である“国内旅程管理主任者”を取得。バスツアーの添乗員として、第二の人生を歩み始めます。

ツアーが始まると、芸人時代に培った話術とサービス精神が一気に花開きました。バスが走り出すとマスクを外し、「私をアゴで使ってください!」という鉄板ギャグで、乗客の心を一瞬で掴みます。場を盛り上げるだけで終わらせず、訪問先の歴史や名産の果物についても徹底的に勉強。細やかな気配りを欠かさない姿勢が評判を呼び、リピーターは着実に増えていきました。

今では“カリスマ添乗員”として、あごさんが添乗するツアーは大人気となっています。

一方で芸能活動も並行して行っています。2023年には松本幸大さん主演の舞台『仁義なきギャル組長~ジャーナリスト土門瑛太の“M資金”真相解明ファイル~』でダチョウ倶楽部の肥後克広さんらと共演。どん底を知ったからこそ出せる深みのある演技と、変わらぬ明るい人柄で、再び多くの人々を魅了しています。

人柄が切り拓いた新たな人生

あごさんの歩みは、ただの転落物語ではありません。

「一番大切なのは人柄。主役はあくまで目的地に向かうお客様」

そう語るあごさんの言葉には、多額の借金という苦難と正面から向き合い、誠実に乗り越えてきた人だからこその重みが感じられます。

家族を悲しませてしまった過去を深く反省し、60歳を過ぎてもなお新しい世界に挑み続ける姿は、「やり直すのに遅すぎることはない」という力強いメッセージを私たちに投げかけてくれます。

失敗を失敗のままで終わらせず、自分自身の“人柄”を最大の武器として人生を塗り替えてきたあごさん。お客様の笑顔のために走り続けるその姿は、私たちに“忘れてはいけない大切な何か”を、教えてくれているようです。


※記事は執筆時点の情報です