1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. “推し”から“愛で”へ。人類総推し活時代の応援のあり方

“推し”から“愛で”へ。人類総推し活時代の応援のあり方

  • 2025.12.25

“推し”から“愛で”へ

人類総推し活時代の応援のあり方

出典:シティリビングWeb

自分なりの応援の仕方があっていい ※写真はイメージ

最近、ちょっと疑問に思うことがある。いくらなんでも世の中“推し”すぎではないだろうか。推し活がブームとなって数年。多くの人が推しに夢中になる一方、“推し疲れ”なんて言葉を耳にする機会も増えた。どうして好きでやっていることなのに疲弊してしまうのだろう。

そもそも“推す”とは、布教や課金など何かしらの主体的な消費行動が伴う行為を指す。当然、いくら推しに時間とお金を投資したとて見返りはない。その不毛さに眉をひそめる人もいるだろう。でも本来、オタクなんてものは非生産的でナンボ。むしろ効率や成果なんて求められず、何のリターンもないものに熱狂できる人をオタクと呼んだはずだった。

しかし、人類総推し活時代に突入してしまったがゆえに、本来オタク気質でない人まで推し活にいそしむようになった。その結果、歪みが生まれ、困惑や消耗のループに陥っている気がする。だからこそ今必要なのは、再定義だ。

自分がしたいのは、本当に推すことだろうか。別に誰に広めなくとも、一人でじっくり慈しみたい人もたくさんいる気がする。僕はその感情を“愛(め)で”と名づけ、最近はSNSに叫ぶこともなく、粛々と好きな俳優さんの生配信に頬を緩めている。誰と競わなくてもいい。お金をどれだけ注ぎ込んだかを愛の証明にしなくてもいい。ただ、疲れた僕の心を満たし、幸せにしてくれれば十分。そういう愛し方が今の自分には心地いい。

推すという概念に疑問を抱いている人は、一度、自分の気持ちを因数分解してみてほしい。きっと自分に合う愛し方が見つかるはずだ。

出典:シティリビングWeb

教えてくれたのは…横川良明さん

ライター・コラムニスト。主な著書に「自分が嫌いなまま生きていってもいいですか?」「人類にとって『推し』とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた」など

元記事で読む
の記事をもっとみる