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『10DANCE』が竹内涼真と町田啓太でなければいけなかった理由|横川良明の「沼の中心で愛をさけぶ」Vol.3

  • 2025.12.22
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いよいよ世界独占配信がスタートしたNetflix映画『10DANCE』。そこで描かれるのは、二人のトップダンサーの魂の交錯だ。

世界への挑戦権を放棄し続けるラテンダンス部門国内チャンピオン・鈴木信也(竹内涼真)。“帝王”の異名をとりながら万年世界2位のボールルームダンス部門国内チャンピオン・杉木信也(町田啓太)。ダンスシーンの最前線にいながら遠く離れていた2本の運命線が、交わるときが来た。二人の王者が挑戦するのは、ラテン5曲、ボールルーム5曲の計10種類のダンスで競い合う “10ダンス”。

めくるめく愛とダンスの世界の何が沼か。ここでは主人公である鈴木信也と杉木信也、そして演じた二人の俳優に絞って語りたい。

※本記事は、『10DANCE』のネタバレとなる内容を含みます。未見の方はご注意ください。

竹内涼真の色気の発生源は、戸惑いである

本作は、竹内涼真と町田啓太のW主演という形式をとっている。が、話の筋だけを見ると、視点は竹内演じる鈴木が中心となっており、鈴木が反発していたはずの杉木に心を絡め取られていく物語と言えよう。

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鈴木は、同性に惹かれることなど、自分の人生に起こり得ないと思っていた。キューバで生まれ、音楽と恋が血液代わりに流れる鈴木は、多くの女性たちと奔放な関係を楽しんでいた。女性たちの色情を誘発することが彼にとっての男の魅力だった。ダンスでは、リードを男役、フォローを女役と呼ぶ。リードを務める鈴木は、自らに男であることを課し続けていた。

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実際、パートナーである田嶋アキ(土居志央梨)から「恋してる人みたい」と指摘されたときは「おかしいだろ」と一蹴し、行きつけのバーで「同性にも興奮することはある」と理解を示されたときも、言い当てられた本心を打ち消すみたいに笑って誤魔化した。彼は、いつも操縦桿を握る側だった。くるくると回らされる自分なんて想像もしてこなかった。

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だから、杉木の出現に鈴木は戸惑う。ボールルームダンスの手ほどきを受ける中、その横暴なリードに辟易した杉木から「あなたも一度女性になってみるといい」と強引にフォローをあてがわれる。命じられるがまま無理な姿勢を強いられた鈴木は、あのとき初めて他者に組み敷かれる屈辱を知った。同時にそれは快感でもあった。まるで人形のように意のままになる屈服感。相手に身を委ね導かれる幸福感。征服することで欲望を満たしていた男は、支配される悦びに震えた。

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本作における竹内涼真の色気の発生源はどこか。それは、鍛え上げられた肉体でもなければ魅惑の腰つきでもない。戸惑いだ。初めて立ちのぼる感情に困惑し、恥じらい、動揺しながらも、新たな自分に目覚めていく。「大変美しく立てました」と子どものように褒められ、「お姫様になれましたか」と寵愛を受ける。本来ならプライドを傷つけられてもいいはずなのに、なぜか下腹部から痺れるような恍惚が駆け抜ける。

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二人がホールドを組んだ姿が、しばしば大きく広げた花びらのように見えた。あれは、鈴木にとって開花の瞬間だったんじゃないだろうか。男性性という固い蕾を破り、立ち現れる甘やかな花芯。戸惑う鈴木の表情がそんなイメージと重なって、まるで花粉のように色香が放たれていた。

対極に見えるエビカツと鈴木信也の唯一の共通項

竹内涼真といえば、大ヒット作となった『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が記憶に新しい。同作で演じたエビカツこと海老原勝男は、本作の鈴木信也とはまるでかけ離れている。作品の色彩も演技のトーンもまるで別物だ。ただ、唯一と言える共通項がある。男性性だ。エビカツも、鈴木信也も、その人格の根本に強い男性性の呪縛がある。

竹内涼真はこうした男性性を背負ったキャラクターを演じると、爆発的な化学反応を起こす。それは、竹内自身が同世代の俳優と比べても男性性の強いキャラクターであることも大きいだろう。近年の俳優は、中性的な美しさをたたえた者が多く、プライベートもインドア、根は陰キャということを包み隠さず話す。

一方で竹内涼真は東京ヴェルディのユースチームに所属した経験も持つ根っからの体育会系。今も筋トレは欠かさず、ベンチプレス100kgを上げ、性格も「大丈夫」が口癖のポジティブ思考。そのパブリックイメージは極めて明るくエネルギッシュだ。そんな竹内が、男性性の揺らぎを演じるからこそ、虚実皮膜の面白さが生まれる。

(俳優の芝居とはそうした文脈と切り離して語るべきという意見もあるかもしれないけど、その肉体を借りる以上、俳優の持つ身体性や外見などから生じるイメージと芝居は分離できないと僕は思う)

『10DANCE』は、血の気が多く、自分は服従させる側だと信じて疑わなかった鈴木信也が、ヒロインとなる物語だ。

興味深いのが、中盤で鈴木と杉木は初めて口づけを交わすシーン。それまで一貫して鈴木の視点から物語は語られていた。けれど、このキスシーンの直前で初めて杉木にバトンが渡る。猛然と走り出す杉木をカメラが追いかける。物語の担い手だった鈴木は、茨の森の奥で王子のキスを待つ眠り姫となる。のときの鈴木は間違いなくヒロインだった。粗野で獰猛なヒロインとなった。

鈴木は、杉木の楔を外してくれる存在だった

では、町田啓太が演じた杉木信也とは何者だったのか。劇中の言葉を借りるなら帝王であり、鈴木がお姫様であるなら王子と呼んでいいだろう。

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でも、杉木が演じていたのは道化だ。チャンピオンに比する実力がありながら、人種という壁に阻まれ、1位の頂には立てない。観客は彼の才能を愛しながら、それ以上に彼が研鑽を積んでなお敗れる物語を愛し、熱狂した。茶番と知りながら、お望み通りの茶番を演じ続ける杉木は、帝王というより、美しき道化だった。

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しかし、その内奥で噴き上げているのは反骨の炎だ。紳士らしい悠然たる笑みに隠した本性は、冷徹なサディズム。大事な世界選手権の本番でパニックに陥ったパートナー・矢上房子(石井杏奈)を、まるで奴隷に鞭打つ暴君のように罵倒し続けた。杉木自身もそんな野蛮で傲慢なもう一人の自分がいることを自覚している。

ダンス業界の重鎮、マーサ・ミルトンにアジアの至宝として育てられた杉木は、幼い頃より最高の紳士たれと教育を受けてきた。テーブルマナーに精通し、いかなるときも感情を乱さない。世界から熱い視線を集める杉木の気品は、マーサの指導の賜物だ。でもそれは楔となって杉木を抑圧し続けた。杉木信也が杉木信也でいるためには、本当の自分など殺し続けなければいけない。

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杉木が鈴木に惹かれたのは、彼が自由だったからだ。故郷・キューバについて話す鈴木に、杉木は「空は青いですか」と尋ねる。彼は知らなかった、ダンスホールの天井とイギリスの灰色の空しか。青い空は、杉木にとって自由の象徴だった。

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鈴木の乗る電車へと駆け出した杉木は、首にかけていたマフラーを投げ捨てた。踊る鈴木を初めて見つけた杉木は、窮屈そうなタートルネックを脱ぎ捨てるように首元に手をかけた。鈴木に感情を向かわせるとき、杉木はいつも抑圧を跳ね除けるような仕草をする。杉木にとって、鈴木は固い楔を外してくれる存在なのだ。

町田啓太が抱える渇きと空虚と野心

そんな杉木のサディズムと抑圧を、町田啓太が官能的に演じている。町田啓太もまた紳士というフレーズが似合う俳優だ。物腰は柔和。大学の同級生である関口メンディーが「謙虚ハラスメント」という絶妙なキャッチフレーズをつけるほど、尊大とは無縁の人柄である。

だからこそ、温厚な中にまぎれた杉木の人の心のないような眼差しに魅入られてしまう。まるで汚い野良犬を足で蹴り払うような物言いに、被虐心をかき立てられる。

俳優が長いトレーニング期間を経て「本物の芸事」に近づく作品として、『10DANCE』と『国宝』を並べる声は多く上がることだろう。その『国宝』の中で、歌舞伎役者の道を歩む喜久雄(吉沢亮)に、当代一の女形・万菊(田中泯)が「きれいなお顔だこと」「役者になるんだったら、そのお顔は邪魔も邪魔。いつか、そのお顔に自分が食われちまいますからね」と声をかける場面がある。

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町田もまた眉目秀麗な美男子である。そして、その整いすぎた容貌がしばしば彼にとって負担であったことは今年放送された『情熱大陸』などでも語られている。

あえて言葉を選ばずに言えば、町田啓太は世間の期待する「イケメン俳優」を演じながら、心のどこかに渇きを抱えていたように見える。その空虚が、道化を演じる杉木に符合した。

インタビューライターにとって、町田啓太は仕事がしやすい相手だ。高圧的な態度は一切とらないし、どんな拙い質問にも程々のユーモアを交えて答えてくれる。

でもその一方で、どこかそれは町田啓太が町田啓太でいるための振る舞いにも感じられた。彼が語るのは、いつも本音の少し手前。中庭でのティーパーティーは誰に対してもにこやかに歓待する。ただし、城の中には誰も立ち入れない。そびえ立つ帝王の城は、鋼の扉で閉ざされている。そんな印象を受けることもあった。

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また、決して自信家ではない彼の中に、でも何か自分はもっとできるはずだと信じているような部分を感じていた。それは、俳優たちが定型句のように言う「自分の演技に満足することはない」といった次元の話ではない。もっと根拠のない、他人から見れば無謀と言われるようなスケールの大きな、夢というより野心に近いものを、美徳である謙虚さの裏側に隠し持っている気がしていた。

そうした町田啓太に対するあらゆる先入観――というよりも、こんな町田啓太を見てみたいという期待や、こんな町田啓太であってほしいという願望が、杉木信也という人間に集約されていた。だから、町田の演じる杉木に高揚した。

キャスティングを担当した杉山麻衣のポストによると、先に竹内涼真のキャスティングが決定し、その後、町田啓太へと至ったようだ。納得しかない。

物語は、杉木からのキスで幕を閉じる。そのくちづけは、風のように颯爽としていて、王子のそれだった。自由の象徴である鈴木に破壊されそうになりながら、杉木は最高の紳士として彼のもとに再び現れ、去っていった。帝王は、下男には組み敷かれない。帝王にかけられた呪いを解くために勇者になろうとしたお姫様に、あなたはお姫様のままでいなさいと微笑んでいるようだった。あの町田啓太をもって、映画としての『10DANCE』は完成した。

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そして、鈴木もまた去っていく。杉木の言葉を反芻するように目を閉じ、歩き出した鈴木の表情は憂いを帯び、でも最後はラティーノの顔に戻って笑う。まるで杉木の宣戦布告を面白がるように。それは、竹内涼真からの返礼のようでもあった。

二つの魂は、反発しながらもまた交わり絡み合っていくだろう。終わらないワルツのように、二人は烈しく気高く踊り続ける。

Netflix映画『10DANCE』

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出演:竹内涼真 町田啓太 土居志央梨 石井杏奈 / 浜田信也 前田旺志郎
監督:大友啓史
※Netflixにて世界独占配信中

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