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40年前、流行の裏で尖りまくった“不器用な応援歌” 「遊び」と「狂気」が共存した“剥き出しの咆哮”

  • 2026.2.12

「40年前の冬、あなたはどんな『熱』を胸に秘めていた?」

1986年2月。街には原色のファッションが溢れ、テレビからは新しい時代の風を感じさせる音楽が次々と流れていた。昭和という時代の重みが少しずつ軽やかさに取って代わられ、誰もが「何か」が始まる予感に胸を騒がせていた、そんな騒がしくも瑞々しい季節。寒さがまだ残る街角に、まるで火花を散らすような勢いで飛び込んできた一曲があった。

爆風スランプ『青春の役立たず』(作詞:サンプラザ中野・作曲:中崎英也)――1986年2月26日発売

それは、洗練された都会的なポップスが流行の兆しを見せる中で、あえて剥き出しの感情とエネルギーをぶつけてきた、不器用で、けれどどうしようもなく純粋な応援歌だった。

「洗練」の裏側で鳴り響いた、剥き出しの咆哮

1986年という年は、日本のポップスシーンが大きな転換期を迎えていた時期だ。デジタルシンセサイザーの音が街を彩り、どこかスマートで小綺麗な楽曲が好まれるようになっていた。そんな中で、爆風スランプが放ったこの5枚目のシングルは、異彩を放っていたといえる。

彼らの魅力は、何といってもその圧倒的な「ライブ感」にある。サンプラザ中野のパワフルなボーカルと、パッパラー河合のトリッキーなギター、そして江川ほーじんとファンキー末吉による強靭なリズムセクション。彼らがステージで放つ、汗の匂いがするような熱狂が、そのまま音盤に封じ込められていた。

『青春の役立たず』は、そんな彼らの勢いが最も尖っていた時期の産物だ。タイトルからして、当時の「格好よさ」を追求する風潮への、彼らなりの皮肉と自虐、そして誇りが混ざり合っているように感じられる。

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1985年、東京大学五月祭でライブをおこなった爆風スランプ(C)SANKEI

計算された「混沌」が生む、音楽的な奥行き

この楽曲を語る上で欠かせないのが、作詞を担当したサンプラザ中野の言葉選びと、作曲・編曲を手がけた中崎英也の絶妙なバランス感覚だ。

中崎英也のメロディは、この曲では爆風スランプの持つ荒々しさを殺すことなく、音楽的な骨格を鮮やかに構築している。疾走感溢れるビートの上で、キャッチーなメロディが躍動し、聴く者の耳を瞬時に捉える。そこに重なるのが、サンプラザ中野による、鋭くもどこか温かい言葉たちだ。

「青春」という、ともすれば美化されがちな言葉を「役立たず」と繋げるセンス。それは、完璧になれない自分に戸惑いながらも、全力で今を生きようとする若者たちのリアルな姿を映し出していた。ただ騒がしいだけのロックではない。緻密に構成されたサウンドの中に、計算された「遊び」と「狂気」が共存している点に、当時の彼らが持っていた底知れないポテンシャルが透けて見える。

時代と並走した、不器用な者たちへのエール

爆風スランプがこの曲をリリースした1986年、若者たちは皆、居場所を探していた。社会が豊かになっていく一方で、どこか自分だけが取り残されているような、言葉にできない焦燥感。そんな出口のないエネルギーを、肯定も否定もせず、ただそのままの熱量で受け止めてくれたのが、この曲だったのかもしれない。

彼らはその後、『Runner』などの大ヒットによって国民的な存在へと駆け上がっていくことになるが、この『青春の役立たず』には彼らの、そして私たちの「原風景」が刻まれている。派手な演出よりも、まずは「声を出すこと」「動くこと」を教えてくれた旋律。それは、スマートに生きることが美徳とされ始めた時代に対する、最高に痛快なカウンターパンチでもあったのだ。

40年を経ても色褪せない、あの日の「体温」

今、私たちの周りにはあらゆる音楽が溢れ、スマートフォン一つで世界中の音に触れることができる。恋愛の形も、夢の追いかけ方も、40年前とは比べものにならないほど多様化した。けれど、ふとした瞬間にこの曲のイントロが流れてくると、一瞬にしてあの頃の、少し埃っぽくて熱い空気が蘇ってくる。それは、この曲がただの流行歌ではなく、聴く人の記憶の深い場所に「体温」として残っているからだろう。

たとえ「役立たず」と言われても、自分を信じて駆け抜けることの尊さ。不器用だからこそ放てる輝きが、かつての若者たちの、そして今の私たちの背中を、今も静かに、けれど力強く押し続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。