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40年前、“大人の恋”に酔いしれる名曲 都会の夜を鮮やかに彩った“静かなる情熱”

  • 2026.2.8

1986年。日本がバブルという未曾有の熱狂へと足を踏み入れようとしていた、煌びやかな時代の入り口。街にはネオンサインが溢れ、最新のファッションに身を包んだ若者たちが夜の都会を闊歩していた。そんな賑わいのなかで、どこか冷静で、かつ圧倒的に洗練された「大人の孤独」を歌い上げるアーティストがいた。

ドラムを叩きながら歌うという、当時としても唯一無二のスタイルを確立していた彼は、その独自のシルキーな歌声で、J-POPの新しいスタンダードを作り上げていった。

稲垣潤一『1ダースの言い訳』(作詞:秋元康・作曲:林哲司)――1986年2月21日発売

この楽曲がリリースされたとき、そのあまりに美しい旋律と、男の身勝手さと情けなさを描き出した言葉の対比に、多くのリスナーが「自分たちの物語」を見出していたのである。

街の灯りに溶けていく“孤独な吐息”のように

彼の歌声は、しばしば「クリスタル・ボイス」と形容される。しかし、それは単に透明なだけではない。都会の冷たい空気感や、夜の静寂、そして心の奥底に沈殿する切なさを、優しく包み込むような温かみを併せ持っていた

この曲でも、その歌声によって、音楽的な完成度がさらに高次元へと引き上げられている。過剰な感情表現を排しながらも、一貫して冷静で美しいラインを保つ彼のボーカル。それによって、聴く側に無限の解釈の余地が広がり、「感情」ではなく「空気」として心に残る作品となる。

派手な演出に頼らず、旋律の美しさと言葉の重みだけで届く。その孤高の美学こそが、彼を特別な存在たらしめていた。

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稲垣潤一-1987年撮影(C)SANKEI

心を震わせる“完璧な旋律”の正体

『1ダースの言い訳』という、遊び心と切なさが同居するタイトル。作詞は、時代の空気を一瞬で言葉に変える秋元康。作曲には、シティ・ポップの旗手として現在も世界的な再評価を受ける林哲司。さらに、編曲を手がけたのは、繊細かつ壮大なスコアを紡ぐ巨匠・萩田光雄だ。

この豪華な布陣によって生み出されたのは、従来の恋愛ソングとは一線を画す、極めて都会的なポップスだった。林哲司による叙情的なメロディラインは、彼のクリスタルな歌声に大人の余裕と気高さを添え、一曲の音楽作品としての完成度を際立たせた。さらに萩田光雄による洗練されたアレンジが、都会の夜の湿り気や、高級なカクテルのような色彩を楽曲に与えている。

言い訳の数だけ募る“戻れない季節”への後悔

この楽曲の最大の魅力は、タイトルの通り、男性側が並べ立てる「言い訳」の情景描写にある。華やかな都会を舞台にしながらも、そこで繰り広げられるのは、素直になれない男の弱さと、それを包み込むような夜の静寂だ。

1986年という、誰もが浮足立っていた激動の時代。そんななかで、彼は一貫して「大人の愛の形」を歌い続けた。

流行に流されることなく、自分たちの音楽的な意志を貫く姿勢。その強固なプライドがあったからこそ、この曲は単なる流行歌として消費されることなく、時代を超えて愛されたのだろう。

今、音楽はデジタルで無限に聴ける時代になった。しかし、この曲が放つ瑞々しさは、40年という歳月を経てもなお色褪せることはない。

雨の夜に、ふとスピーカーから流れてきた瞬間、私たちは一気に「1986年の都会」へと引き戻される。それは、どれほど時代が変わっても、人の心に寄り添う「本物のメロディ」が持つ力なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。