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32年前、暗闇でもがく学生を救った“異形の肯定” CMで流れた「大丈夫」という名の呪文

  • 2026.1.31

1994年1月。受験生たちの朝を応援するはずのCMから流れてきたのは、それまでの「励まし」の常識を根底から覆す、あまりに切実で、どこか危うい熱量を孕んだ独白だった。

楽器の音さえも排した静寂の中に響く、剥き出しの歌声。それは、暗闇の底で一本の細い光を凝視するような、喉を震わせる叫びから始まった。

筋肉少女帯『蜘蛛の糸』(作詞:大槻ケンヂ・作曲:大槻ケンヂ、筋肉少女帯)――1994年1月21日発売

それは、お茶の間の日常を異界へと塗り替えるような、あまりに鮮烈な「救済」の始まりだった。

閉ざされた部屋の窓を叩く、孤独な言葉の棘

1994年当時、筋肉少女帯という存在は、お茶の間にとって「サブカルチャーの迷宮からやってきた異邦人」のような存在だった。そんな彼らが「進研ゼミ」のCMソングを担当し、ボーカルの大槻ケンヂ本人が画面に登場したことは、当時の若者たちにとって事件に近い衝撃だった。

しかし、そこで鳴っていたのは、表面的な「頑張れ」という言葉では到底救えない場所まで届く、深い共鳴だった。

この楽曲の最大の衝撃は、何よりもその劇的な幕開けにある。ボーカル・大槻ケンヂによる「大丈夫」の連呼。最後には「大丈夫だよねぇ」と自信と不安を行き来する歌詞は、個人の内面へと繋がる扉へとなる。

楽曲の最後には延々と「大丈夫」が繰り返されながら、「気のせいさ 眠れよ」と語りかけてくる。「自分は一人ではないか」という、言葉にできない焦燥感を肯定するその響きは、学校という集団の中で息苦しさを感じていた少年少女たちにとって、唯一無二の救いとなった

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筋肉少女帯のボーカル・大槻ケンヂ-1996年撮影(C)SANKEI

緻密に編み上げられた、静かなる「狂気と叙情」

この曲は、レーベル移籍後初のシングルとしてリリースされ、バンドの音楽的な円熟味を世に知らしめる重要な作品となった。ハードロックの骨太な構成に、歌謡曲的な情緒と、プログレッシブ・ロックにも通じる複雑な美学が同居している。

歌い出しの衝撃に続くのは、重厚なギターサウンドと、計算し尽くされた音の波だ。サビに向けて感情が加速していく構成は圧巻だが、その先に広がる景色は、決して楽観的なものではない。むしろ、地獄のような日々の中でも、ただ一本の「糸」を信じて縋りつく者の必死さが、激しいアンサンブルによって描かれている。

テクニカルな演奏陣が紡ぎ出す音の層は、聴く者の不安を煽るようでいて、同時に「そのままの君でいい」という強烈な肯定を突きつけてくるのだ。

三十数年経っても、その「糸」は繋がっている

1994年という年は、音楽シーンが急速にメガヒットを量産する時代へと突き進んでいた時期でもあった。しかし、筋肉少女帯がこの曲に込めた「歪んだ聖域」は、数字や流行を超えた場所で生き続けている。

『蜘蛛の糸』が描いたのは、努力が報われるという安易な物語ではない。たとえ周囲が敵だらけであっても、自分の内なる衝動だけは信じ抜くという、孤高の生き様そのものだ。

だからこそ、人生の岐路に立ち、足元が崩れそうな不安に襲われるとき、私たちは今でもあの、静寂を切り裂く歌声を求めてしまう。

あの冬、朝の光の中で鳴り響いたメロディは、誰かにとっての「逃げ場所」であり、同時に「明日へ向かうための呪文」でもあった。「正気」と「狂気」の境界線で放たれたその旋律は、今もなお、暗闇の中で光を探す誰かの心に、細く、けれど決して切れない糸を垂らし続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。