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32年前、“否定のフレーズ”が刺さった“30万ヒット” 時代を超えて更新され続ける“大人のポップス”

  • 2026.1.25

1994年1月。繁華街のネオンは以前ほど眩しくなく、それでも人々は音楽にだけは熱を預けていた時代だ。そんな中で、不意にラジオやテレビから飛び込んできた、あまりにも端的で、あまりにも強い言葉。一度聞いたら忘れられないそのフレーズは、瞬時に空気をつかみ、日常会話の中にまで浸透していった。

鈴木雅之『違う、そうじゃない』(作詞:朝水彼方・作曲:中崎英也)――1994年1月12日発売

大人のポップスとして鳴った鈴木雅之の現在地

鈴木雅之にとって1990年代前半は、シャネルズ、ラッツ&スターで築いたイメージを越え、ソロアーティストとしての表現をより明確にしていく時期だった。甘さと渋さを併せ持つボーカルは健在のまま、より洗練された都会的なポップスへと舵を切っていく。その中でリリースされた『違う、そうじゃない』は、まさにその転換点を象徴する1曲と言える。

作詞を手がけた朝水彼方の言葉選びは、説明を極限まで削ぎ落とし、感情の核心だけを突きつける。中崎英也によるサウンドは、当時のトレンドを意識しながらも過度に流行へ寄りかからず、鈴木雅之の声が最前列に立つ構造をつくり上げている。

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2008年、デュエットベストアルバム『Martini Duet』記念イベントで歌う鈴木雅之(C)SANKEI

フレーズが先に立つ、しかし歌が置き去りにならない

この曲の最大の特徴は、タイトルにもなっている「違う、そうじゃない」の圧倒的な強度だろう。短く、鋭く、誰もが口にできる言葉でありながら、そこには感情のもつれや関係性のズレが凝縮されている。しかし、このフレーズのインパクトだけで終わらないのが、この楽曲の真価だ。

鈴木雅之のボーカルは、決して大げさに感情を振り回さない。むしろ抑制された語り口で、リズムに身を委ねながら、言葉を一つひとつ置いていく。その余裕が、フレーズの強さをさらに際立たせる。声そのものが説得力を持つ歌唱だからこそ、この曲はネタ的消費に回収されず、長く聴かれ続けてきた。

スマッシュヒットから“代表曲”へ

リリース当時、本作は30万枚を超えるセールスを記録し、CMソングとしても広く浸透した。数字としては大ヒットと呼ばれる規模ではないかもしれない。しかし、この曲が特別なのは、時を経るごとに存在感を増していった点にある。

インターネット以降の時代において、「違う、そうじゃない」というフレーズは、文脈を越えて引用され、ときにミーム的に扱われるようになった。それでも楽曲自体の価値が損なわれなかったのは、土台にある音楽性とボーカルの強度が揺るがなかったからだ。

その評価は、2022年の第73回NHK紅白歌合戦で、この曲が選ばれたことからも明らかだろう。デビューから長いキャリアを重ねた鈴木雅之が、あらためてこの曲でステージに立った事実は、『違う、そうじゃない』が現在進行形の代表曲であることを示している。

否定の言葉が、肯定として響く不思議

否定から始まるタイトルでありながら、この曲はどこか前向きだ。感情のすれ違いを嘆くのではなく、ズレをズレとして認識する冷静さがある。だからこそ、聴き手は自分自身の日常や記憶を重ねることができるのだろう。

32年という時間を経てなお、『違う、そうじゃない』は古びない。むしろ、言葉が軽く消費されがちな今の時代だからこそ、シンプルで強いフレーズと、確かな歌声の価値が、よりはっきりと浮かび上がっている。

この曲は、鈴木雅之というシンガーの声が、時代を超えて生き続けている証明でもある。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。