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40年前、声が先に物語を語り始めた春 成熟した歌声が導いた“余韻のバラード”

  • 2026.1.21

1986年の年明けはカレンダーよりも先に、心のほうから始まっていた。気温や景色よりも先に、空気の揺らぎや人の気配が変わっていく。説明できないけれど、確かに感じてしまう。そんな曖昧な季節感を、そのまま音楽に置き換えたような1曲がある。

柏原芳恵『春ごころ』(作詞・作曲:五輪真弓)――1986年1月1日発売

新しい年の始まりに届けられたこの楽曲は、春の明るさや希望を前面に押し出すものではない。むしろ、感情が言葉になる手前の揺らぎを、歌声と旋律で伝えてくるバラードだった。

五輪真弓のメロディが持つ、物語を運ぶ力

五輪真弓が手がけるメロディには、常に強い情感が宿っている。それは感情を抑えるのではなく、感情そのものを旋律として流れさせる書き方だ。『春ごころ』でも、フレーズは長く、自然な呼吸を保ちながら進んでいく。

メロディの特徴は、聴き手に「何かが起きている」と感じさせる。旋律そのものが、情景や関係性、時間の流れを想像させ、聴く側の中で物語が立ち上がっていく

だからこの曲は、歌詞を追いすぎるよりも、メロディの運びに身を任せたほうが、自然に心に残る。

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1986年、第28回日本レコード大賞で歌う柏原芳恵(C)SANKEI

柏原芳恵の成熟が、この曲を成立させた

『春ごころ』を特別なものにしている最大の要因は、柏原芳恵の歌声だろう。

この時期の彼女は、少女的な甘さだけに頼らない表現力をすでに身につけていた。声には落ち着きがあり、感情を大きく誇張しなくても、十分な説得力がある。

注目すべきなのは、情感が非常に豊かなのに、押しつけがましくならない点だ。物語を語ろうとするのではなく、物語が“そこにある”ことだけを伝える。その距離感が、この曲の世界観と見事に噛み合っている。

結果として、歌声そのものが語り部の役割を果たし、聴き手は自然と曲の中に引き込まれていく。

情感は豊か、でも説明しないという選択

『春ごころ』の情感は終始豊かだ。旋律、声の抑揚、音の広がり。それらが重なり合い、言葉にしきれない物語性を生み出している。この曲が難しく感じられるのは、答えを用意していないからだろう。

何を歌っているのかを断定しようとすると、かえってズレてしまう。だが、「感じる」ことに徹すると、この曲は驚くほど素直に胸に届く。

春の歌ではなく、春を感じさせる歌

『春ごころ』は、春を説明する歌ではない。季節に人の心がどう反応してしまうのか、その空気をすくい取った楽曲だと言っていいかもしれない。

柏原芳恵の成熟した歌声と、五輪真弓の情感あふれるメロディ。この2つが出会ったことで、言葉にしないからこそ伝わるバラードが生まれた。

40年経った今も、この曲が静かに聴き継がれている理由は明確だ。春はいつだって、説明より先に、感覚として心に入り込んでくる。

『春ごころ』は、その瞬間を音楽として残した1曲なのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。