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22年前、カリスマが“別名”で放った“真実の音” 孤独な夜を優しく突き放す“甘い雨の旋律”

  • 2026.1.20

2004年の幕開け。世の中はデジタル化の波が加速し、誰もが繋がっているようでいて、その実、手のひらの中の小さな画面に吸い込まれるような、奇妙な孤独が蔓延し始めていた。正月飾りが外された街角には、まだ刺すような寒さが残り、空は低く、重く、泣き出しそうな色をしていた。

そんな、冷え切った時代の空隙に、一滴の雫が落ちるように届けられた一曲がある。

YOSHII LOVINSON『SWEET CANDY RAIN』(作詞・作曲:YOSHII LOVINSON)――2004年1月9日発売

それは、THE YELLOW MONKEYとして日本中を熱狂させたカリスマが、新たな名前で一人の人間として「個」の深淵へと潜り込んで作り上げた、剥き出しの表現だった。

止まった時計が、再び静かに刻み始めた音

この曲がリリースされた当時、THE YELLOW MONKEYは沈黙の中にいた。バンドのフロントマンである吉井和哉が選んだのは、自分自身の本名さえも削ぎ落とした「YOSHII LOVINSON」という名義だった。

2003年に発表されたデビュー曲『TALI』から続くこのソロプロジェクトは、華やかなロックスターの面影をあえて消し去るような、内省的でストイックな空気に満ちていた。

『SWEET CANDY RAIN』は、そんな彼が自らペンを執り、曲を書き、さらには編曲までも自らの手で担った2枚目のシングルである。

そこには、大歓声の中で浴びるスポットライトの眩しさではなく、一人きりの部屋で自分自身の影を見つめるような、切実な眼差しが込められていた。

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2009年、「ジョン・レノン スーパーライブ2009」に出演した吉井和哉(YOSHII LOVINSON)(C)SANKEI

降りしきる「甘い飴」が包み込む、透明な寂寥

この楽曲を支配しているのは、極限まで削ぎ落とされた音の質感と、それとは対照的に立ち上がる、圧倒的な情感だ。

楽曲の冒頭から響く、重く、それでいてどこか柔らかなビート。それはまるで、真夜中のアスファルトを叩く雨音のようでもあり、あるいは誰にも届かない場所で脈打つ鼓動のようでもある。

YOSHII LOVINSONとしての彼の歌声は、かつての荒々しいシャウトを封印し、ささやくような、独り言に近いトーンで耳元に届く。

「甘い飴の雨」という、一見すれば可愛らしくも聞こえる言葉の裏側に、救いようのない虚無と、それでも消えない微かな光が同居している。

音楽的な構成は非常にシンプルだが、その分、一つ一つの音が持つ余韻が深い。聴き手は、まるで彼が作り上げたプライベートな空間に招き入れられたような、密やかな没入感に包まれることになる。

完璧な孤独が教えてくれる、確かな温もり

特筆すべきは、この曲の制作における徹底した「個」の追求だ。華やかなタイアップやランキングを意識したキャッチーさとは無縁の場所で、ただひたすらに「納得のいく音」を追い求めた結果、この『SWEET CANDY RAIN』という結晶が生まれた。

大ヒットを狙って作られたわけではない、この「誰のためでもない、自分のための音楽」という純度の高さこそが、結果として多くのリスナーの孤独に、深く、優しく刺さったのである

それは、派手な演出で元気づける応援歌よりもずっと誠実で、逃げ場のない夜に寄り添ってくれる「真実の音」だった。時代がどれほど移り変わっても、私たちがふとした瞬間に感じる「理由のない寂しさ」に、この曲は今も静かに並走してくれる。

降り止まない雨の中で、私たちは呼吸する

22年という月日が流れ、音楽を取り巻く環境は劇的に変わった。『SWEET CANDY RAIN』は、冬の冷たい空気の中で聴くたびに、当時の私たちが抱えていた迷いや、言葉にできなかった感情を鮮やかに呼び起こす。

それは決して、過去を懐かしむためだけの感傷ではない。今この瞬間も、どこかで孤独を感じている誰かにとって、この「甘い雨」は、自分だけが抱えている痛みが間違いではないと教えてくれる。

雨は、まだ降り止まない。けれど、その冷たさを知っているからこそ、私たちは人肌の温もりを、より切実に信じることができるのだ。静かな雨音が、今夜もどこかで誰かの、明日への呼吸を支えている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。