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30年前、余計な音を削ぎ落とした“40万ヒット” 意味を持たない音が迫る“核心”

  • 2026.1.10

1996年の街は、どこか落ち着かない空気をまとっていた。前に進まなければならないことは分かっている。でも、その一歩が正しいのかどうかは、誰にも分からない。そんな曖昧さを抱えたまま、人々は仕事を終え、夜の街を歩いていた。

強さや前向きさが求められる一方で、迷いや不安を口にする場所は、少しずつ減っていた時代。その隙間に、感情を飾らず、答えも用意しない一曲が差し出される。

大黒摩季『あぁ』(作詞・作曲:大黒摩季)――1996年2月26日発売

その一音は、叫びでも諦めでもない。立ち止まったあとに、もう一度息を整えるための音だった。

強さだけでは語れない、大黒摩季のもう一つの輪郭

大黒摩季は、デビュー以降、力強く背中を押す楽曲で存在感を放ってきたシンガーだ。しかし『あぁ』は、そのイメージを裏切るというより、内側から補完するような作品だった。

13枚目のシングルとしてリリースされた本作は、テレビ朝日系ドラマ『味いちもんめII・京都編』の主題歌に起用されている。職人の葛藤や選択が描かれるドラマの世界観と、この曲の持つ「迷いながら進む感情」は、自然な共鳴を見せていた。

この曲には、誰かを鼓舞するための言葉ではなく、自分自身に向けた問いかけが静かに刻まれている。

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2001年、地元・札幌でライブをおこなった大黒摩季(C)SANKEI

「あぁ」に宿るのは、ため息ではなく覚悟の呼吸

タイトルにもなっている「あぁ」という言葉は、意味を持たない音だ。だが、その曖昧さこそが、この曲の核心でもある。

歌詞の中で描かれるのは、逃げたのかもしれないという疑い、正しかったか分からないという迷い、それでも、もう一度歩いてみようとする意志。メロディは大きく盛り上がることを避け、一定のリズムを保ったまま進んでいく。

編曲を手がけた葉山たけしのサウンドは、余計な装飾を削ぎ落とし、ボーカルの息遣いと感情の揺れをそのまま浮かび上がらせる。

大黒摩季の歌声もまた、力で押し切ることはない。迷いを含んだまま、確かめるように音程を重ねていく。だからこそ、この曲は「励まし」ではなく、「決断の前の静けさ」として心に残る

正解じゃなくても、歩くことをやめないという選択

『あぁ』が提示するのは、明確な答えではない。歌詞の中でも、選択が正しかったのかどうかは最後まで断定されない。それでも、冷たい風の中で歩くこと、静かな街で前を向くこと、その行為自体が、この曲の結論になっている。

正しくなくても、やり直せる。間違っていても、歩き直せる。この感覚が、当時の多くのリスナーに深く刺さった。結果として『あぁ』は、派手な話題性に頼ることなく、40万枚以上のセールスを記録する。それは、この曲が「必要なときに、必要な場所へ届いた」証だった。

夜を越えるために、そっと鳴る一曲

『あぁ』は、立ち止まった夜に聴く歌であると同時に、その夜を越えるための歌でもある。

すべてが見えなくてもいい。選択が正解じゃなくてもいい。それでも、歩くことを選び直す。

30年経った今も、この曲が静かに響き続けるのは、人生が何度でも途中になり得ることを、否定しないからだ。胸の奥で、そっと息を整えるように。

『あぁ』は今日も、次の一歩の手前で鳴っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。