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「10回近く観てる」「日本映画史に残る名作」公開から46年経てもなお“圧巻の完成度”で称賛集める至高作 

  • 2026.1.13

「人を救う仕事がしたい」そう口にするのは簡単でも、その言葉を背負い続ける覚悟は、決して軽いものではありません。医師という職業には、尊敬や使命感と同時に、命を前にした判断、責任、そして逃げ場のなさがつきまといます。それは白衣を着た瞬間に突然身につくものではなく、迷い、疑い、時に逃げたくなりながら、少しずつ染み込んでいくものなのでしょう。

「“人間の業”を描いた名作映画」第4弾として紹介する『ヒポクラテスたち』は、医師になる“前段階”にある若者たちの揺れ動く日常を描いた青春映画です。殺人も、爆弾も、血みどろの恐怖もありません。しかしこの作品には、「人の命を扱う者になる」という重さに直面した若者たちの“業”が、確かに刻み込まれています。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

あらすじ

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伊藤蘭 1980年撮影(C)SANKEI
  • 作品名(配給):映画『ヒポクラテスたち』(日本アート・シアター・ギルド)
  • 公開日:1980年11月22日
  • 出演者:古尾谷雅人、光田昌弘、西塚肇、柄本明、狩場勉、伊藤蘭 ほか

洛北医科大学に通う医大生・愛作(故・古尾谷雅人さん)は、最終学年として臨床実習に臨むことになります。医学生の最終学年は、7人ほどのグループに分けられ、実際の医療現場で実習を行う重要な期間です。愛作のグループには、医者になることに不安を抱くみどり(伊藤蘭)、軽薄に見えるプレイボーイの河本(光田昌弘)、野球一筋の王(西塚肇)脱サラで二人の子を持つ加藤(柄本明)、成績至上主義のガリ勉・大島(狩場勉)、どこか頼りない西村(小倉蒼蛙)と、実にバラバラな面々が集まっていました。

一方、愛作が暮らす学生寮では、新入生の野口(宮崎雄吾)や、左翼運動家の南田(内藤剛志)が、寮の運営や現代医学への疑問をめぐって、連日のように激しい議論を交わしています。臨床実習と寮生活。二つの時間軸が同時進行で描かれる中、愛作は仲間たちとぶつかり合いながら、“医者の卵”として少しずつ成長していきますー。

しかしある日、愛作は恋人の順子(真喜志きさ子)から妊娠したと伝えられます。人口妊娠中絶手術を受けさせるため、とある開業医のもとに連れて行く愛作でしたがーー。

「理想」と「現実」のあいだで揺れる若者たち

映画『ヒポクラテスたち』が描いているのは、完成された医師の姿ではありません。むしろ本作の中心にあるのは、未熟で、不安定で、逃げ腰になることもある若者たちの姿です。人の命を前にして、“自分にできるのか”と立ち止まる者たちが描かれています。

生活のため、家族のために医師を目指す者。使命感よりも、現実的な理由を抱えている者。それぞれの選択に、正解も不正解もありません。しかし、そのどれもが、医師という職業にたどり着くまでの“業”として積み重なっていきます。理想だけでは立っていられない。それでも理想を完全に捨てることもできない。そのどちらにも揺れる宙ぶらりんな感情こそが、この作品の核といえるでしょう。

ラジカセから流れるキャンディーズの曲、大森監督自作の8ミリ映像など、楽屋オチ的な遊び心も随所に散りばめられている本作。そしてなんと手塚治虫さんも出演しているというコミカルさもはらんでいるのです。

京都の医科大学に学ぶ若者たちの日常を、自らも医大生であった故・大森一樹監督が自身の体験をもとに、大学病院での臨床実習を通して、医術を身につけていく青い若者たちの青春群像を描きます。

時代の空気ごと焼き付けたリアリティ

本作が公開されたのは1980年。現代の感覚で観ると、価値観や描写の一部に戸惑いを覚える場面もあります。しかし、それこそがこの映画の持つ価値でもあります。時代を象徴するような学生運動の余韻、医療への不信感、若者たちの危うい過剰なエネルギー。それらを“記録”として残している点で、本作は単なる青春映画を超えた存在です。

伊藤蘭さんの出演も印象的で、彼女の自然体の佇まいが、この映画に独特の生活感と柔らかさを与えています。過度にドラマチックにしない演技が、若者たちの日常をより生々しく、リアルに感じさせるのです。

時代を超えて支持されていることは、公開から40年以上経てもなお見られる「10回近く観てる」「間違いなく名作」「日本映画史に残る名作」などのSNSの声からも明らかです。

医者になる前に、人間であるということ

映画『ヒポクラテスたち』は、医療の理想を高らかに掲げるような、作り物感のあるリアルさのない映画ではありません。むしろ、迷い、逃げ、ぶつかり、それでも前に進もうとする未完成な人間たちの姿をこれでもかと描き続けます。

人を救う側になる前に、人としてどう在るのかを問われる。そんな静かな問いが、観る者の心に長く長く残る一本です。


※執筆時点の情報です