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40年前、史上初の快挙を成した“和洋折衷”の伝説 アイドルの枠を超えた“圧巻パフォーマンス”

  • 2026.1.2

「40年前の冬、あの衝撃を覚えてる?」

乾いた風が街のビルの隙間をすり抜け、雑踏のざわめきが夜の匂いと混ざり合う。そんな季節に、テレビの前で日本中が一瞬、息をのんだ瞬間があった。

和と洋が交差するような謎めいた衣装、鋭い眼差し、そして妖艶な色彩が夜を切り裂く。あの年、彼女はただ歌ったのではない。時代そのものを染め替えたのだ。

中森明菜『DESIRE』(作詞:阿木燿子・作曲:鈴木キサブロー)――1986年2月3日発売

あまりに鮮烈で、誰もが“何かが始まった”と感じた。あの日のテレビの光景はいまだに記憶から消えないほど強かった。

焦燥を走らせた、明菜のシルエット

『DESIRE』は中森明菜の14枚目のシングルとして発売された。作詞は阿木燿子、作曲は鈴木キサブロー、編曲は椎名和夫。1985年から続く彼女の快進撃の中でも、この曲は“決定的瞬間”と言える存在だ。

50万枚以上のセールスを記録し年末の『第28回日本レコード大賞』で大賞を受賞。前年の『ミ・アモーレ』に続く2年連続の受賞は、女性歌手として史上初の快挙となったその年の第37回NHK紅白歌合戦で披露されたステージは、もはや語り継がれるレベルの伝説だ。

『DESIRE』を歌う明菜は、黒いボブのウィッグ、鋭いラインの入ったメイク、和装を洋風に再構築した衣装、そしてハイヒール。まるで異国のダンサーが日本を再解釈したかのように舞う彼女の姿は、ただ歌謡曲の枠では説明がつかないほどの完成度だった。

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1986年、「第28回日本レコード大賞」で大賞を受賞した中森明菜(C)SANKEI

血が通うように鳴り響くビートと、身体の動き

『DESIRE』の魅力の核心は、音と動きが一体化したような躍動感にある。

ビートは鋭く、テンポは前へ前へと推し進め、どこか焦燥感すら帯びている。そこに、椎名和夫による緻密なサウンドアレンジが乗ることで、曲の輪郭はよりシャープに際立つ。

そして中森明菜の歌唱こそ、この曲の躍動を内側から照らす存在だった。

高音での抜けるような響きと、低音の深い艶。その振れ幅が曲の持つドラマ性をぐっと引き上げている。歌詞の内容を“解釈する”必要はなく、ただその声の強度だけで世界が成立していた。

パフォーマンスについても、彼女自身のアイデアから生まれた振り付けが採用され、しなやかな腕の動きと、激しいアクション。あれほどまでに歌と身体表現が一致したステージングは、アイドルの領域を明らかに越えていた。

「あの姿を真似したくなる」

そんな衝動を全国に巻き起こしたのも、この曲が“音楽とビジュアルが完全に結びついた瞬間”だったからだ。

あの年の空気とリンクした、圧倒的存在感

1986年は、バブル期の高揚が本格的に街の表情に滲み始めていた頃。煌めきとスピード、躍動と競争。そんな時代の空気に、『DESIRE』が持つスリリングさが不思議なほどぴったり重なった。

深夜のディスコで光るミラーボールや、渋谷・原宿の夜のざわめき。何もかもが加速していたその時代に、この曲は完璧な“象徴”として存在した。

そして1987年発表の第1回日本ゴールドディスク大賞では、この曲のヒットを受け、中森明菜がアーティスト・オブ・ザ・イヤー(当時はThe Grand Prix Artist of the Year)に選出される。

一連のムーブメントの中心に、彼女の存在が揺るぎなくあったことを示す出来事だった。

冬の街に残る、黒と紅の余韻

40年の時を経てなお、『DESIRE』を聴くと胸がざわつくのはなぜだろう。

それは、音楽という枠を越えて“ひとつの感覚”として刻み込まれたからだ。黒い影が揺れるステージの光。ハイヒールが床を打つ音。観客の静まり返った気配。すべてが一つの情景として蘇る。

あの中森明菜という歌姫が描いた衝撃は、今も胸の奥で鼓動し続けている。

あの瞬間をリアルタイムで知らなくても、映像や音から確かに伝わる“時代の熱”があるのだ。冬の夜を切り裂くように現れたその姿は、2026年の今もなお色褪せていない。むしろ、時を経たことで、その鮮烈さはよりくっきりと浮かび上がっている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。