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90年代初頭、人気バラエティで放たれた25万ヒット カバー曲が国民に浸透したワケ

  • 2025.12.31

「34年前、あの冬の空気ってこんなに澄んでいたっけ?」

その歌は、誰かの背中をそっと押すように、そしてどこかで迷う心を包みこむように、まるで遠くから届く風みたいに広がっていった。

川村かおり『翼をください』(作詞:山上路夫・作曲:村井邦彦)――1991年1月23日発売

この曲は、フォークグループ赤い鳥の名曲を川村かおりがカバーしたもので、フジテレビ系『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』の挿入歌として世代を超えて浸透した。発売後はクォーターミリオン(25万枚)を超えるセールスを記録し、彼女の代表曲のひとつとして、今もなお語り継がれている。

静かな冬の空に広がった“新しい翼”

『翼をください』は、赤い鳥による1971年の名曲としてすでに広く知られていたが、川村かおりが歌った1991年バージョンは、まったく別の表情を持っていた。透明感と少しの影を宿した彼女の歌声は、この楽曲に新しい“祈りの温度”を与えた。

当時、川村かおりは1980年代末の歌謡シーンで異彩を放つ存在だった。アイドルともロックシンガーとも違う、どこか放っておけない雰囲気と、真っ直ぐな佇まい。その姿は、変わり始めた1990年代の空気に静かに溶け込んでいくようだった。

このシングルは8枚目の作品としてリリースされたが、“カバー曲”という枠を超えて、川村かおり自身の世界観を象徴する一曲へと昇華していった。

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川村かおり-1990年撮影(C)SANKEI

目を閉じれば浮かぶ、あの時代の表情

当時のポップスは、より厚みのあるサウンド、勢いのあるボーカルが主流になりつつあった。しかし川村かおりの『翼をください』は、そうした時代と少し距離を置いた場所から届いた。

歌声は力むことなく、切り立ての空気のようにすっと耳に入ってくる。音数の少ないアレンジが、むしろその声の存在感を際立たせ、聴く側の心の奥に静かに波紋を広げるような余韻を残した。

それは派手な装飾ではない、素朴でまっとうで、でも揺るぎない美しさ。だからこそ、当時も今も、多くの人がこのバージョンに特別な感情を重ねるのだろう。

変わりゆくテレビの中で生まれた“もうひとつの物語”

1990年代初頭、テレビバラエティは新しい感覚を求めはじめていた。『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』もそのひとつで、音楽が番組の“情緒”を左右することが多かった。

川村かおり版『翼をください』は、その番組内で使われたことで、単なるカバー曲ではなく“番組の空気”すら象徴する存在になっていく。多くの視聴者が、笑いの合間にふと流れるこのメロディに心を掴まれた。

ランキングでは安定した推移を見せ、気づけば25万枚を超えるヒットに。派手なプロモーションがあったわけではないのに、ここまで広く浸透していったことこそ、このカバーの強さを証明している。

時代を越えて残るのは、いつも“まっすぐな歌”

『翼をください』は、もともとフォークソングとして多くの世代に歌われてきた名曲だ。学校で歌った記憶のある人もいれば、ステージで耳にした人もいるだろう。そして1991年、この曲は川村かおりの声を通して“もう一度”日本中に羽ばたいた。

彼女が宿した儚さと凛とした強さ。変わりゆく時代の狭間に差し込むような光。そのすべてが混ざり合って、カバーなのにどこか“新曲”のように感じさせてくれる。

どんな時代も、真正面から届く歌だけが生き残る。川村かおりの『翼をください』は、その証明のひとつだ。時が経ち、風景も音楽も大きく変わった。それでも、このバージョンを聴くと、不思議と“あの冬の透明な空気”を思い出す。

静かな希望と、少しの切なさと、言葉にならない願い。そんな感情のすべてが、今も変わらず胸の奥に羽ばたいてくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。