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24年前、“TK”から卒業した“自立の歌声” 再収録なのに“新しい”ワケ

  • 2025.12.29

「24年前のあの日、自分はどんな気持ちで冬の街を歩いていたんだろう?」

冷えた空気の中で街灯がにじみ、コンビニの前を漂う湯気が少しだけ心を緩める。2001年という年は、平成の浮ついた熱気がすでに遠ざかり、どこかで時代がゆっくりと生まれ変わろうとしていた。

そんな移ろいゆく風景の中で、ひっそりと、しかし確かに心に刻まれたのがこの1曲だった。

安室奈美恵『think of me』(作詞・Dallas Austin、工藤順子・作曲:Dallas Austin)――2001年1月24日発売

前年のアルバム『break the rules』からのリカットでありながら、そこにはただの再収録以上の“意味”が宿っていた。それは、ひとりのアーティストが次のステージへ向かうために、小さく、しかし強い一歩を踏み出した瞬間だった。

静けさが語った“変わり始めた声”

『think of me』は、世界的プロデューサーであるダラス・オースティンによるプロデュースのバラードだ。R&Bやソウルを基調としたしっとりとした質感は、当時のJ-POPの潮流から見ると、決して派手ではない。

だが、冒頭のピアノが落とす柔らかな陰影、滑らかに沈み込むリズム、そして安室奈美恵の声の中に宿る“新しいニュアンス”。そのすべてが、リスナーに「次の場所へ」という気配を明確に伝えていた。

ダラス・オースティンが作るソウル・バラードは、音を重ねすぎない。声が空間に浮かぶ余白を大切にし、メロディそのものよりも“感触”を聴かせる。そのスタイルが、当時の安室奈美恵のボーカルの成熟と奇跡的に溶け合った。

彼女の声はかつての華やかさを残しながらも、より低い温度で、より深い場所で鳴り始めていた。

強さではなく、静けさで感情を届けようとする姿勢。

その変化こそが、この曲が持つ最大の魅力だ。

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安室奈美恵-2000年撮影(C)SANKEI

小室哲哉から巣立つ“節目のシングル”

このシングルが特別な意味を持つ理由は、もうひとつある。『think of me』は両A面シングルで、もう一方には小室哲哉がプロデュースを手がけた『no more tears』が収録されている。

そしてこのシングルこそが、小室哲哉による“最後のプロデュース作”となった。

1990年代の音楽シーンを象徴する存在だったTKサウンド。その中心で輝き続けた安室奈美恵が、ついにその枠から飛び出す時が来た。

リカットという形を取りながらも、このシングル全体には、明らかに“区切り”の空気が漂っている。

『no more tears』がこれまでの系譜を象徴する明朗なダンスポップだとすれば、『think of me』はその先を指し示す静かな灯火だった。派手に告げられる別れではなく、そっと向けられた視線の先に未来があるような、そんな佇まい。

「ここから新しい章が始まる」

その予兆を、リスナーは無意識のうちに感じ取っていたのではないだろうか。

音を削ぎ落として伝わる“余白の情感”

ソウル・バラードとしての『think of me』は、当時のJ-POPの中では異質だった。高揚感のあるトラックが多い時代にあって、これはあくまでもミニマルだ。

音数を減らし、声の温度と呼吸を前に押し出す構造は、安室奈美恵の“成熟”を浮き彫りにしている。彼女のボーカルは感情を過剰に演じず、余白を残す。その余白があるからこそ、聴く側が自分の思いを重ねられる。

CMソングとして起用された明治製菓「フラン」のイメージとも重なり、柔らかな甘さと少しだけビターな感情が混ざり合う、静かな冬の情景が浮かび上がるようだった

タイアップで広く耳に届いたことで、この曲に込められた“こぼれるような感触”が、当時の街の空気と自然にリンクしていった。

“変化の年”のなかでそっと輝きつづける

2001年という年は、J-POPの表現が多様化し、アーティストの個性がより強く問われ始めた時代だった。

流行の真ん中にいるようで、どこか少し外側の静かな場所に立ち、凜と響く。その佇まいは、この先の安室奈美恵が示していく“主体的なアーティスト像”の萌芽でもあった。

派手さよりも、信念を。声を張るより、深く届けることを。そうした価値観が、ここから始まっていたのだ。

そして今聴いても感じる。あの冬の街に漂っていた、あの少し切なくて、でも確かに前を向いていた空気。『think of me』は、その静かな感情を、24年経った今も変わらず胸の奥に灯し続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。